千鶴(くのたま)

私には、大好きな人がいます。私はくのいちのたまご。いわゆるくのたまってやつで。彼は忍者のたまご。忍たまってやつなのです。


彼を見つけたのはなんてことのない、学園の日常の中。図書室へ借りた本を返しに行く途中のこと。


「きり丸、ちょっと待った!」


よく澄んだ声が私の鼓膜を揺らして。思わず足止めて声の元を探すと、図書室の近くで忍たまの一年生の腕を掴んでいる彼がいた。


「大丈夫ですって要先輩!かすり傷ッスから!」


「大丈夫じゃありません!ちっちゃい傷でもばい菌が入ったら大変なんだよ!って数馬が言ってた!」


「受け売りじゃないスか!」


「的を得てるんだからいいでしょー?」


「そういう先輩だって…おりゃ!」


「いっ…!?」


「さっき腕怪我してましたよねー?処置したんですかー?俺ちゃんと見てたんスから!」


「く…相変わらず勘のいい…」


黄緑色の忍服。忍たまの三年生。私のひとつ上の先輩だ。


「わかったわかった。じゃあ一緒に医務室いこう?それでいいでしょ」


「いいッスよ。ついて行ってあげま…ああああ!?あげる!?駄目!やっぱ駄目!」


「なぜ…」


苦笑しながらも嫌々とする一年生の手をひく黄緑忍服の人。誰だろう、あの人。三年生の噂はちょっとは聞いたことあるけれど、蛇を巻いていないし方向音痴でも無さそう。特徴的な前髪でも無いし、髪色もピンクや赤じゃない。


あ、じゃあ…


「あれが有名なお節介さんの」


ぽつり、と呟いて思わずくすくす笑ってしまった。じゃあさっきのもお節介さんなのかな?


「名前はなんだったっけ…たしか…一ノ瀬…えーと…」


なんだったかな。
うーんうーんと考えていると、いつの間にか昼休み終了の鐘が鳴り、騒いでいた一年生とお節介さんの三年生もいなくなってしまっていた。


きっとそれからだったと思います。私が、一ノ瀬要先輩を目で追い掛けるになってしまったのは。


「大丈夫ですか?」


彼は、よく人が困っているときに姿を現します。そして絶対に、誰でも手を差し伸べるのです。


「なに?あなた。私、忍たまに助けられるほど落ちぶれていないわ」


ああ、そんな。
私より2つ上の四年生のくのたまだ。私は彼が傷付いてしまったのではないか、とはらはらしながら見守る。


「…すみません、僕の悪い癖なので」


彼はとくに傷付いた様子もなく、くのたま先輩が落とした手裏剣を拾って、木箱に戻していく。


「ちょっと…」


「僕の悪い癖です。方向音痴並みに直らない、悪い癖ですから。だから諦めてください」


そう苦笑すると、彼は唐突に持っていた手拭いを破ってくのたま先輩の手をとった。


「っ…なにっ…」


「指、怪我されています。あとで医務室に行ってください。はい、どうぞ」


くるくるといつもしているのか手慣れた様子でくのたま先輩の指に手拭いを巻いて、彼は手裏剣を集めた木箱をくのたま先輩に渡した。


「すみませんでした、勘弁してくださいね」


最後にそう困ったように微笑んで。ぼうっと彼をみるくのたま先輩の視線も気にとめずに、彼は歩いて行ってしまった。


「千鶴ちゃん?居るんでしょう、出ていらっしゃい」


「えっ!?あっ…」


思わず声を上げてしまった自分の口を塞ぐ。しかしもう細い、苦笑しながらくのたま先輩が振り向いた。


「ずっと見ていたでしょう。気づいていたわよ」


「すみません…あの…」


「怒っているわけじゃないわ。出ていらっしゃい」


「…」


おずおずと姿をくのたま先輩に見せて、歩み寄る。木箱を片腕に持ち直して、ふうとため息をつきながら彼の歩いて行った方向をみるくのたま先輩。


「最近、ずっと彼のこと見てるわね」


「えっ…あのっ…」


「赤くなっちゃって。好きなんでしょう、あの忍たまのこと」


「あのっ…違うんです!お節介さんな三年生がいるって聞いて、どんな人かなって…あの…」


「そう。で、どんな人だと思った?」


どんな人?
私は一ノ瀬要先輩を思い浮かべながら、ゆっくり口を開く。


「優しい人…だと思いました。誰にでも手を差し伸べて、自分の身を削ってでも、助けようとするんです」


「…」


「私…」


一ノ瀬要先輩をみると、心臓がぐっと痛くなる。なにか話しかけなきゃと欲張りなことを考えてしまう。私にも笑いかけてほしいなんて思ってしまう。


「一ノ瀬要先輩を…慕っているんだと思います」


そう口にした瞬間。
別に本人に告げたわけでもないのに、心臓が飛び出すのではないかというくらい暴れた。


「そう。…でもね、千鶴ちゃん」


くのたま先輩は憂いを帯びた、優しいような悲しいような。そんな表情で静かに口した。


「私たちはね、忍者なのよ」


「…!」


「もちろん、千鶴ちゃんがこのままくのいちの道へ真っ直ぐ進むのかは、わからないわ。でもね、遅かれ早かれ、あなたも彼も戦場を知ることになるのは間違いないの」


戦場。殺し合う場所。奪い合う場所。そこでは逃げることは愚かなことで、戦うことが勇気なこと。


「あなた達が寄り添い、いずれはどちらかを戦場で失うかもしれないわ」


「…」


「私みたいにね」


くのたま先輩の表情は見えなかった。私がうつむいてしまっているから、当たり前なのだけれど。やがて頭に優しく手が乗って、足音が静かに離れて行った。


考えた。たくさん考えた。私が彼を慕っている気持ちに、嘘はつけないし、つきたくない。でも、私は忍者なのだ。


忍者は色恋に溺れてはいけない。きっとくのたま先輩は、私にそれを諭したんだ。


どうしよう。どうしたらいい?こんなちっぽけな私に、なにが出来るの?どうしたら私の想いを、出来るなら彼の負担にならずに、届けることができる?


「…あ」


昼間、びりびりと破られた一ノ瀬要先輩の手拭いが頭のなかにふと浮かんだ。


手拭いに。
私の想いを込められないだろうか。


もし、彼が血を流したときに傷を覆ってあげられたら。
もし、彼が悲しみ涙を流すときにその涙を拭ってあげられたら。


少しでも私の想いが彼を助けられたら。


ぐるぐると考えながら無我夢中で手拭いを作り上げた。気持ち悪いって思われたりしないかなぁ、こんな手拭いって笑われたりしないかなぁ。


「要先輩!」


「え?」


初めて、彼が真っ直ぐ、私を見る。


ありがとう。私は優しいあなたをずっと慕って、いろんな感情をもらって、すごくすごく大好きだけれど。


私もあなたも"忍者"だから。


「その手ぬぐい使ってください。怪我をしたときにでも、あなたを助けられたら…」


今の私にはそれだけで。



千鶴、というくのたまの話。
(待って!あ、あの!手拭い、僕大事にするから!)(…!)



本編「ドキドキ、」で要くんを慕っている、というくのたまの千鶴ちゃん。いまこんなNARUTOのヒナタみたいな純情な女の子いるのか…。

需要が無いのは承知の上で上げてしまいました!私が個人的に千鶴ちゃん気に入ってしまい、書いただけなのです。すみませんでした!



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