愛したい好奇心

いつもの公園から、歩いて15分くらいの道のり。そこそこの大きさのアパートの二階205号室に僕の部屋はある。


「お、お邪魔します」


少し緊張を含んだ声の数馬にくすりと笑いながら、「どうぞ」と部屋へ招いた。


僕はいつものことなので気にしないが、僕の部屋に足を踏み入れて数馬は小さく「あ」と声を零す。


「絵の具のにおい……」


「あ、ごめんね。窓開けるね」


「えっ、あ!違うんです!すみません、」


「気にしないで。汚くてごめんね、本当に。描く場所だけはどうしても片付けられなくてねー。この位置がすごく理想的っていうか、使いやすいっていうか、ぴったりはまるから動かして片すと面倒なんだ」


「あ、わかります。僕もテレビのリモコンとか同じ場所に置かないとすぐどこかに行っちゃうから。友達が動かして帰ると無くて焦ります」


「そうそう、そんな感じ」


数馬が照れたように笑った。そしてガサリと動いたエコバックに冷凍食品のことを思い出し、慌てて冷蔵庫の前に移動する。


「そっちのドアが僕の部屋。テーブルあるから座っててね」


「あ、なにかお手伝い…」


「大丈夫だよ。数馬、緑茶と紅茶どっちが好き?」


「あ、緑茶がいいです」


「了解」


数馬はそわそわとしていたが、やがて僕の部屋におそるおそる入って行った。僕は戸棚を開けてお菓子を引っ張り出し、お湯が沸くのを待つ。


「……」


落ち着いた僕の脳に響いたのは不快な声。


"数馬くん、数馬くん、赤は英語でなんていうんですかぁ?"


赤は英語でred
それが数馬はわからなかったのだと、あの少年2人は馬鹿にしていた。


何故だろう。
不可解なことはもうひとつ。数馬は少年2人の罵倒に俯き耐えていたが、僕が現れたことに明らかに表情が変わったのだ。


「要さん……」


と。顔を真っ青にして、なにかに怯えるように。


「心配、だけど」


「あんた、数馬のなに?」


ずいぶん痛いところをど直球で突かれた。"むかつくからだ"なんて啖呵切ったのはいいが、数馬はどう思っただろう。


「もっとこう……大人の対応があったと思うんだ……大人の……!」


「要さん?」


「うわっ!?」


頭を押さえて唸っていた僕に、遠慮がちな数馬の声が掛けられた。驚いて肩を跳ねさせると、数馬はひょっこりドアから顔を出して「お湯……」と口にする。


「お湯?あ、ああ、ありがとう。数馬」


「いいえ!」


「ん、えーと、どのカップがいい?好きなの選んで」


「あ!このカップって」


「うん。隣町のドーナツ屋さんのポイント貯めると引き換えられるやつ。あそこカップなんか好きで、集めてるんだ」


「僕、あそこのドーナツ大好きでよく藤内と食べに行きますよ!」


「藤内?」


「僕の同級生です!真面目で優しいですよ、僕の不運によく付き合ってくれて」


「不運委員会だって言ってたね。それって?」


「僕の所属してる保健委員会は、毎年不運な生徒が集まるって言われているんです。たしかに不運でロクなことが無いけど、委員会で不運に合うときはみんな、一緒ですから」


あんまり辛くないです。と数馬がはにかむ。


「委員会内、仲が良いんだねぇ。藤内くんは同じ委員会?」


「いえ!藤内は作法委員会で、作法委員会っていうのはお茶での立ち振る舞いとか、礼儀作法なんかを研究する委員会なんですけど」


「へぇ……今の中学生ってすごいことやってるんだ。部じゃなくて、委員会なんだね」


「僕もちょっと不思議です。なんでなんでしょうね?ううん、古い学校だからかも」


「作法委員会ってちょっと他の学校には無いんじゃないかなぁ。他にはなにがあるの?」


「体育委員会、図書委員会、用具委員会、生物委員会、会計委員会、あ。火薬委員会っていうのもありますよ」


「えっ。火薬?」


「はい。銃器を扱う部がありますから。管理が必要なんですよ」


「へぇー…!あ、会計委員会があるって、それって生徒会の管轄?会計係ってこと?」


「あ、うちの学校には生徒会は無いんです。その代わりに学級委員長委員会がありますけど」


「面白い学校だねー。ちょっと行ってみたいな」


「本当ですか!?じゃあ、文化祭に招待状持ってきます!嬉しい、保健委員会のみんなに要さんのこと紹介できますね!」


「紹介されるような者でもないよ、僕」


「そんなことありません!要さんはあんなに綺麗な絵を描くんですから!」


「うーん……」


僕はぽふぽふ、と数馬くんの綺麗な藤色の頭に手を置くと、てへへと笑った。


「照れるなー。でも嬉しい、数馬に僕の絵が好きって言われるたび、僕もっともっとって描きたくなる」


「えっ……あの、…」


「ありがとう。数馬に会えてなかったら、僕は今もずっと描けないままだった」


だから数馬のおかげ、と笑いかければ、数馬は顔を真っ赤にしてぶんぶんと首を振る。


「僕、も……」


「ん?」


うつむいてしまった数馬の顔を覗き込めば、数馬の表情には"迷い"が浮かんでいた。


なにか、言いたいことでもあるような。


「僕も、要さんの、おかげで……」


「?」


「…っ……ぅ、あの、なんでもないです」


「えー?どうしたの?変な数馬だなぁ。…って、うわっ。ヤカン冷めちゃった!?」


は、とヤカンに手を当てれば、二人分の水が入っていたヤカンはすっかり冷たくなってしまっていた。


「立ち話も〜って家に来たのに、結局立ち話しちゃったね。ごめんごめん」


「い、いえ!」


「その文化祭って、いつなの?」


「え?」


「僕絶対いくから、日にち教えて。楽しみにしてる」


「!はい!」




きみのおかげで

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