幸せの帰路
最近の僕は、おかしい。
鉄柵から身を乗り出す少女と、それを慌てて止めるお兄ちゃんらしき少年をぼんやり眺めながらため息をついた。
「ばか!危ないって言ってるだろ!」
「だってー!飴が落ちちゃったんだもんー!」
ああ、それで。
ぷっくりと頬を膨らませる少女に、僕はくすりと笑みをこぼしてベンチから腰を浮かせる。
「こんにちは」
「「!」」
びくっと2人の肩が震えた。あれ、誘拐犯かなんかだと思われてるかなこれ。
「飴、なんの味が好き?」
優しい笑顔を努めて、小首を傾げる。お兄ちゃんの方は警戒を崩さなかったが、女の子は飴という言葉に反応を示した。
「いちご!」
「あ、こら!」
「そっか。君は?」
妹を叱咤した兄は、ちらりと笑顔の僕を見てやはり飴の誘惑には勝てないのか、どこか悔しそうにぽつりと呟いた。
「……ぶどう」
「お。良かったー。じゃあはい。あげるよ」
「え?」
兄である少年が目を丸くし、妹である少女はすごい速さで僕の手からパッと飴を取った。
「あ、だめだろ!おれい!」
「ありがとう!」
「いいえ。はい、君もどうぞ」
「あ、ありがとう」
飴を受け取ると、2人は柵を伝いながら走って行ってしまった。ひらひらと手を振りながら見送る。
「……もしかして、僕ってろりこんなのかな」
ろりこん、をよく知らないけど。僕は深くため息をついて、論点は最初に戻る。
最近、数馬くんが可愛くて仕方がない。
「えー気持ち悪い、僕すごい気持ち悪い。うあー」
違うんだ、誤解なんだ。
ただ数馬くんのお陰で、また僕は絵が描けるようになったわけで。数馬くんのお陰で目が覚めたというか。
ただそう、数馬くんに感謝しているだけだ。
数馬くんがいなかったら、僕は今も人の意見にビクビクして嘘を吐き続けていただろう。
だから、その。
「やましい気持ちとかは決して……」
「要さん?」
「うっわ!?数馬くん!」
なんというタイミング。
今日も黒い学生服に身を包んでいる数馬くんは、きょとんと僕を見つめている。
「こんにちは。どうかしましたか?」
「あーいや!なんでもないなんでもない!あ、そうそう数馬くん飴食べる?」
「え?あ、頂いて良いんですか?」
す、と遠慮がちに眉を下げる数馬くんに、僕は「どうぞどうぞ」と飴の包み紙がたくさん入った袋を数馬くんに差し出した。
「ありがとうございます」
「いえいえ」
いちごの包み紙をつまみ、口に含む。僕はメロンのあめ玉を口に入れた。
「甘くて美味しいです」
「あ、確認忘れた!甘いの平気だった?」
「はい。甘いもの大好きなんですよ」
照れたように笑う数馬くんに、良かったと返しながら考える。
なるほど、数馬くんは甘いものが好きなのか。あ、たしか近所に美味しいケーキ屋さんがあったような。数馬くん、一緒に……
「………あー」
「?どうしました?」
「いや、なんでもない……」
なんでだよ!なんで僕と数馬くんがケーキ屋さんに一緒にケーキ食べに行くんだよ!
だって、僕と数馬くんは
「……(あれ?)」
僕と数馬くんって、 なに?
「今日は、なにか絵を描くんですか?」
「えっ?あ、ああ、えっと……あ、そうだ。この間話したガーデニングが好きなおばあさんの家、苺もあってさ。可愛くてちょっと描いてきたんだ。色鉛筆で色も」
慌ててスケッチブックを取り出し、可愛らしい苺の絵を数馬くんに見せる。数馬くんはその絵を丁寧にみて、やがていつものようにはにかんだ。
「赤くて、可愛い苺ですね」
「でしょ。そのおばあさんセンスが良くてさ。いつかあの庭、描いてみたいんだよね」
「そんなに素敵なお庭なんですか?」
「うん、もうすごくね。ハーブとか良い香りがして、数馬くんもきっと気に入るよ」
数馬くんにも、見せたいな。数馬くんと一緒に。
僕と数馬くんは、この公園の湖前のベンチ以外で会うことは無い。話をしたり、僕が絵を見せたり、そうして良い時間になると別れる。
「……」
最近の僕は、おかしい。
もっともっともっと、と。数馬くんに対しての欲が、どんどん増えていく。
例えば、例えばそう。
「本当に美味しそうな苺だなぁ。苺はビタミンが豊富って、僕の先輩が……?要さん?」
「あの、あのさ。数馬くん」
距離を縮めたいと思うのは
「嫌だったら、いいんだけど」
いけないことなんだろうか。
「数馬、って呼んだら駄目?」
「…………え、あ」
数馬くんの顔がまた、ボッと赤くなった。うわ、外した?
「ど、どうしたんですか?急に、その、あの、」
「いや、前から思ってたんだ。数馬くんのこと、数馬って呼べたらもっと……仲良くなれるんじゃないかなぁって」
「、あの、」
「……うわーごめん待って?言い方をミスったかもしれない僕」
顔を赤くしてうつむく数馬くんに、僕まで照れて顔を片手で覆う。
胸に広がる暖かいもの。これはなんだろう。数馬、がくれたこれは。
「かずま」
「!はいっ、!?」
「あはは。声裏返ってる」
「は、恥ずかしいんです!やめてくださいからかうの!」
「数馬」
「、!なんですか!」
「今更だけど、数馬って良い名前だよね」
「……ありがとうございます」
「はは、」
これが"好き"なんだろうか。
「僕も数馬も、真っ赤だ」
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数馬という少年が大切な人になっていく。愛し方はまだわからない。
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