嘘と本当
どのくらい時間が経ったのだろう。一分にも思えたし、一時間にも思えた。
数馬くんはもしかしたら、訳のわからないことを言い出した僕に呆れてもうどこかへ行ってしまったのかもしれない。
痛い。胸の奥が切りつけられているみたいに。
彼女が僕の元から去ってから、もう治ったと思っていたのに。昔のことを思い出すとすぐこれだ。
「嘘なんかじゃ」
「!」
その声が届いた瞬間。僕の手に体温が戻った。かぶせられた数馬くんの手が暖かい。
「嘘なんかじゃありません」
いつもの少しおどおどしたような話し方ではない、鈴と真っ直ぐ僕に向かってくる声。それでいて、やはりどこか優しい。
数馬くんの、声。
「要さんは、嘘吐きなんかじゃありません」
「え……?」
「僕は要さんが、嘘吐きだなんて思いません」
胸をとんと突かれた。
駄目だ。泣いてしまう。
「要さんは逃げてなんかいません。ちゃんと、たくさん大好きな絵を描いてるじゃないですか」
「……でも僕は」
「要さんを嘘吐きだと言ったのは、その彼女さんで僕は事情をよく知らないけど……僕は、違うと思います」
真っ直ぐな視線に捕らえられた僕は、カラカラに渇く喉を感じながらも視線を外すことが出来ない。
「真似をしているだなんて言ったのも、嘘吐きだなんて言ったのも、要さんじゃありません!他の人です!要さんは、要さんが見て、綺麗だと思ったものを絵に描いたんでしょう?だったら、それは要さんの絵で、嘘なんかじゃありません!」
数馬くんは、僕の手を離さなかった。
「僕はその、要さんの描く絵が好きなんです!」
ああ、どうしてこの子は。
どうしてこの子は、ここまで僕を。僕の絵を。
「数馬くん」
彼女の愛し方がわからなかった。だからとにかく笑顔を浮かべて、「好きだ」と口にしていた。
けれど
「ありがとう」
数馬くんの小さな肩に、顔をうずめる。ごめんと小さく謝って、震える声でつぶやいた。
「僕の絵、好きって言ってくれて、ありがとう」
「っ、本当のことですから!」
「うん、本当は僕つらかったんだ」
悲しかった。
真似だと言われたとき、嘘吐きと言われたとき。
大丈夫だと自分に嘘を吐いたけど、本当は死んでしまいたいくらいつらかった。
「本当のこと、言うね」
「?はい」
「僕、今は数馬くんのために絵を描きたい」
「!」
肩から顔を上げて照れたように笑えば、数馬くんはボッと顔を赤らめて「ええっ」と驚いた。
「やっぱり絵が好きなんだよ、僕。数馬くんと話しててスッゴく楽しいんだ」
「ぼ、僕もです!」
「本当?」
「嘘なんかじゃありません!」
「嬉しい」
くす、と笑って転がり落ちた鉛筆を拾い上げる。右手の震えはもう止まっていた。
「やっぱり変更。今日は数馬くんとブランコを描きたい」
「えっ!?僕もですか!?」
「うん、駄目?」
「うう……良いです、けど」
「漕いでて良いよ?」
「うー…」
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人に言われた一言に傷つき、振り回されていたけど数馬が傷を癒やしてくれましたね。
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