真似っ子真似っ子

3時過ぎの昼下がり。
その時間から日が傾くまで、数馬くんと湖の前のベンチで過ごす日々が続いた。


僕が前に描いた絵。何冊かのスケッチブックを、数馬くんと見てその絵をどうして描いたのか、その時の話を僕がする。


数馬くんと別れたあと、僕は自分が話した内容を思い出して不安になることもしょっちゅうで。


もしかしたら退屈だったんじゃないかとか、つまらないのに無理に相槌を打って我慢してくれていたんじゃないかとか。


でも


「すごく綺麗ですね」


僕が初めてこの湖を描いたときの絵を、とても丁寧に見つめて。数馬くんが遠慮がちに微笑んだのが、僕は忘れられなかった。


嬉しい。嬉しい。
数馬くんが僕の絵を喜んで手にとってくれて、"綺麗だ"とか"好き"と口にしてくれる。


「なんだか、僕ばっかりべらべら話しててごめんね……」


湖の絵の説明やこの湖をみて感動したことの感想に夢中になっていた僕が、はっと我に返って謝れば数馬くんはゆるゆると首を振る。


「すごくすごく、楽しいです。僕も、この湖好きになりました」


「本当にごめんね。うわぁすっごい剣幕だったよね今。恥ずかしい」


ごしごしと鼻を両手でつつんで、はーと息を吐く。恥ずかしい。中学生の男の子に僕はなにを語ってるんだか。


「もっと楽しい話が良いよね。絵ばっかじゃなくてさ、えーと……」


「そ、そんなことないです!要さんの話を聞いてると、絵の向こうに景色が浮かんできて、楽しいです!」


「そうかな」


いかん。照れる。
熱くなる頬を片手で隠して、僕は湖に目を向けた。


「また、描こうかな」


「え?」


ぽつりと零した言葉に数馬くんが反応した。スケッチブックを眺めていた視線が僕を見上げる。


「ここの湖。昼下がりになるときらきらしてて綺麗だから。数馬くんと話してたら、また描きたくなっちゃった」


へへ、と笑いかけると数馬くんは「本当ですか?」と目を輝かせた。


「うん、明日から描くもの持ってくるよ。あ、でも数馬くんが退屈になっちゃうかも……」


「構いません!僕、そこのブランコに座ってますから!」


「うん、わかった」


大丈夫、大丈夫。
描ける。僕はもう大丈夫。


絶対に、大丈夫。




※※※


お昼過ぎの公園。
いつもの数馬くんとの待ち合う時間とはまだ少し早い。


僕は穏やかな気持ちで、いつものように湖の前のベンチに腰を降ろす。まだ数馬くんは来ないだろう。いくら彼が大丈夫だと言ったからって、なにか作業をしている僕はまだしも彼は退屈なはずだ。


だから、少しはやめに描き始めてしまおう。


「久しぶりだなぁ、」


思わずそうつぶやいて、苦笑を零す。やっぱり僕は絵を描くのが好き。数馬くんと話していて、そう思った。


だから、大丈夫。


大丈夫、なんだ。


「……」


スケッチブックを、開く。
視線が湖を、捕らえる。


"嘘ばっかり"


きらきら反射する水面。
暖かい、日差し。最近、暖かい日が続いて、いるから。


"もっと自由に描いていいんだ"


すごく、過ごしやすくて。


"へらへら笑うのはやめてよ"


僕は、


僕は
僕は


「……大丈夫、なんだ」


かたかたかたと手先が震える。頭は痛くて、顔は熱くて、背中は冷たい。


大丈夫なのに。


"嘘吐き"


小さく音がして、鉛筆が手から零れ落ちたのだとわかった。ころころと転がったが、僕は湖から視線を離さない。


「……」


描けない。
好きなのに、描けない。


僕の描くものは、全部"嘘吐き"だから。だから、そんな汚いものを数馬くんに見せるわけには。


「……なに言ってんの」


ほぅら、また嘘をついた。
違うだろ。ただまた、彼女や父さんのように。


自分の絵を否定されるのが怖いだけだ。そうやって嘘をついて逃げて。自分を傷つけてることはわかっているのに。


「 」


音もなく、視界が歪んだ。
湖の青が、空の雲の白が、鉄柵の銀が、ぐるぐる歪んで混ざる。


やめられない。
逃げることを、嘘をつくことをやめられない。


頬を伝う涙はわかっていたが、拭うのも億劫で僕はただぐちゃぐちゃに混ざる視界をぼんやり眺めていた。


「(ああ)」


やはり僕は描けないのだ。
まだ震えが止まらない。


かたかたと震え続ける右手を頼りない左手で包む。その刹那、耳にまるで一筋の光ように、声が飛び込んできた。


「要さん!?」


おかしいな、まだ時間には早いはずなのに。そうぼんやり考えながら視線を移せば、綺麗な藤色と学生服の黒が視界に混ざった。


あ、綺麗なのに。
もったいない。


「ああ、数馬くん」


「どうしたんですか!?手、怪我したんですか!?」


学校カバンを放り出して僕に駆け寄り、右手を包んだ左手ごと数馬くんの小さな手が覆う。


「虫に刺されたんですか!?大丈夫、僕こう見えても学校の保健委員会で……」


「数馬くん」


彼の言葉を遮って、僕は困ったように笑う。


「ごめんね、数馬くん」


「え?」


「僕ね、絵が描けなくなっちゃったんだ」


数馬くんの目が見開かれた。手は僕の手を包んだまま、戸惑いがちに「どういうことですか?」と僕を見上げる。


「手が震えて、絵が描けないんだ。描くのが、怖くて」


「怖い?」


「嘘吐きなんだ、僕」


いけないとわかっていたのに。僕は、自分のなかに溜め続けていた全てを。数馬くんに打ち明けてしまった。



僕が嘘を吐き続けていたこと。


「僕の父さんは、有名な画家でさ。才能に溢れた立派な人だった」


"父さんみたいになりたい"


小学生だった僕は夢中で絵を描いた。父さんに認めてもらいたくて、もう寝る間も惜しんで絵を描き続けた。


ある年、僕の描いた絵が小さなコンクールで賞を取った。嬉しくて嬉しくて、僕は真っ先に父さんに絵を見せに行った。


「よく描けてる、すごいな」


天にも昇る気持ちだった。父さんが褒めてくれた。僕はその瞬間から、画家になることを決めたのだと思う。


しかし、それからが大変だった。


高校生の僕。絵を描いてコンクールに出しても、評価されない。美術の先生は「よく描けてる。だがこれは」と眉をしかめてしまう。


そして


「なぁ、お前が描きたかったのは、本当にこれか?」


絵を描くのが、苦しくなった瞬間だった。


真似、僕は父さんの真似をしている?ショックで声が出ない。自分を否定されたような気がして、苦しくて息ができなくなった。


僕は逃げ出した。
"絵の勉強をしたいから"と嘘をついて、父さんから逃げ出した。


「そこでね、僕を好きだと言ってくれる女の子に出会ったんだ。夢中ですがりついたよ、でもそれも嘘だったみたいだ。自分は彼女が好きなんだって、自分に嘘をついていたんだって」


苦笑する。数馬くんと視線は合わさない。


「僕、もう絵は描けないよ。嘘だったんだ、全部全部。僕が好きなものもきっと、誰かの真似なんだよ」


僕に欠落しているもの。
執着だ。


絵が好きなのは父さんが絵が好きだからで、彼女が好きなのは彼女が僕を好きだから。


「だから、ごめん」


ごめん、数馬くん。





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