とある少年との
数馬と僕が初めて出会ったのも、別れたのも、この公園だった。
僕はこの公園から見える小さな湖が好きで、数馬はそのすぐ側にある青いブランコが好きだった。よくそのブランコに腰掛けながら、僕が絵を描くのを眺めていたように思う。
「あ、あの」
初めて出会ったのは、この公園で僕がパラパラとスケッチブックをめくっていたときだった。控えめに相手を窺うような声音。僕は道にでも迷ったのかな、と顔を上げると。
「……!」
目の前に、藤色が花を咲かせた。ふわりとしたその綺麗な髪色に、僕はきょとんと目を奪われてしまう。
僕の視線を受けて、少年の目が不安に揺れ始める。その揺れを感じ取って、僕は少年に優しく微笑みを浮かべた。
「どうしたの?道に迷ったかな」
「あっ……」
否定の色が含まれた声に、僕はじっと少年の用件を待つ。少年は癖なのか両手の指をせわしなく合わせて動かし、やがて決意したように僕を見つめた。
「こ、ここで絵を描かれてますよね!」
まだ幼さの残るあどけない声。学生服とはミスマッチな、その可愛らしい声に僕はただポカンと少年を見つめる。
「え、うん……ああこれ?そうだね、よく描きに来てるけど…」
スケッチブックをめくって苦笑する。さらさらと風がスケッチブックのページの端をぱたぱたとはためかせ、僕はその風に目を細めてスケッチブックを閉じた。
そして少年はぎゅっと学生服のズボンの裾を握り、また意を決して口を開く。
「僕、あなたの絵が好きなんです!」
ずがん、
と頭を殴られた気がした。
「……え?」
一瞬、なにを言われたのか脳が理解しなかった。
目の前の少年は今にも泣き出しそうな表情で。よく見れば、学生服のズボンを握る手が震えている。
「……」
殴られた頭がぐわんぐわんと回る。何故?この少年が僕の絵を?体が震えて、喉がカラカラに渇いていく。
好き、?
僕の絵を?この子が?
「ぅ……あの、」
なにも言わない僕をみて、少年の方に限界が来たようだ。震える足を必死に動かそうとしているのがわかる。
わからない、わからない。
「僕の絵が、……好き?」
「っ…はい!」
「……どうして?」
あれおかしいな。
いつもうまく笑えるのに、不安そうな少年の緊張を少しでも安心させてあげたいのに。
体が、声が、スケッチブックを持つ手が震える。
「どうして僕の絵なんか…」
「す、好きなんです!初めて見たときから……あなたの絵が、綺麗で、優しくて、ずっとずっと、大好きなんです……」
息が絡まってしまうたびに、少年の頬は赤く紅葉に染まった。まだ、震えている。
「僕は、僕の描くものなんて、そんなに大したもんじゃないよ」
笑えない。
笑顔が作れない。誤魔化したい、全部全部誤魔化したいのに。
「僕の絵なんて……」
"要の絵も要も嘘ばっかり!全部全部、愛想笑いを浮かべて!"
僕も、僕の絵も、相手に愛想笑いを浮かべているのだと彼女は言った。僕と僕の絵は、嘘にまみれた嘘だらけ、僕は嘘吐き。だから、僕の絵も嘘吐き。
「……でも好きです!」
は、と息を飲み込んで声を上げた少年を見上げた。いつの間にか僕は俯いていたらしい。
少年の瞳には涙が溜まっていた。感情が溢れ出す。僕への、僕に向けた。僕の絵に向けてくれた。その涙に僕は静かに息を飲んだ。
「……ありがとう」
そこでやっと、僕は少年に笑顔を浮かべることが出来た。
それを見た少年は、安心したように表情を和らげ、はっと我に帰って慌てて涙をぬぐう。
「僕は、一ノ瀬要」
スケッチブックを置いて、少年に対峙する。対峙してわかる、少年と僕の体格差。
「きみはなんていうの?」
固まっていた表情が溶けていくのがわかる。
少年は乱暴に擦って赤くなってしまった目元をきゅっと細めて、とても優しい声で応えた。
「三反田数馬、です」
「数馬くんか」
「はい。あっ、えっとそのいきなり声を掛けてしまって、あの、」
「いいよ。………数馬くん」
「えっはいっ」
「僕、ここでよく絵を書いてるんだ。だから、良かったら」
その言葉の先を察した数馬くんは、ぱっと顔を輝かせて僕を見上げた。
「はい!来ます!」
とある少年との
僕の絵に初めて寄せられた好意*
というわけで、ららるら主の要くんを引っ張ってきて中編連載始めます。
きっかけはツイッターのお題診断でして、「愛し方を知らない画家と自分を遠慮がちに慕う少年の話」という結果で、嬉しいことに全裸待機と反応をいただきましたので書いてみたいと思います(`・ω・´)!
よろしかったらお付き合いくださいませ!
ヤマネコ
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