親友という色を見る

数馬になにかがあったのは、薄々気がついていた。


入学式の後、数馬が倒れたと聞いて僕は慌てて数馬の入院する病院に駆け込んだが、会わせてもらえなかった。


なんでも、すごく高い熱が出ているために面会はできないという。数馬が面会できるようになるまで、僕は新学期を不安な気持ちのまま過ごした。


「(数馬……)」


数馬にはいつになったら会えるんだろう。はやく、数馬が元気にならないかな。


2ヶ月ほど経って、数馬はひょっこりと学校に現れた。病気で学校に来られなかったことを知るクラスメイトたちは、数馬に「大丈夫か」と声をかけたが、数馬はどこか違和感のある笑顔を浮かべているだけだった。


「数馬!」


「あ、藤内。心配かけてごめんね。お見舞いにも来てくれてたのに……ありがとう」


「当たり前だろ!それより、本当にもう大丈夫なのか」


「うん」


数馬は少し目を伏せて、やがてやはりどこか違う笑顔を浮かべながら顔を上げた。


「もう、大丈夫だよ」


まるで数馬が自分に言い聞かせているように聞こえたのは、僕の気のせいだろうか。


どこか元気のない数馬と気がついてはいながらも切り出せない臆病な僕。


それでもなにか僕にできることがあるはずだ、と僕は必死に考えた。数馬に元気を出してほしい。僕にできること。


「数馬」


「なに?藤内」


「………いや、何でもないや」


僕は、数馬の隣にずっと居てやることにした。


数馬が1人でどこか寂しそうな表情を浮かべるのが辛くてたまらなかった。だから、僕が傍に居てやれば。僕が少しでも、数馬を笑わせてあげられれば。


あわよくば、数馬が僕にそれを話してくれたら。僕は数馬を支えてあげられる。


「数馬?」


なんだか最近、数馬の表情がすごく柔らかくなっていることに僕は疑問を抱いていた。みれば、数馬は破られたスケッチブックの紙を大事そうに持っている。


それには可愛らしい苺が描かれていて、僕は思わず「ほー」と声を漏らしてしまう。数馬が描いたのかと問えば、数馬はぶんぶんと首を振った。


「違うよ、えっと、知り合いの人が描いたものをいただいたんだ」


どこか恥ずかしそうな数馬に「ああ」と僕は納得した。この人の絵が好きだと言う数馬はすごく優しい表情をしていた。


数馬を元気付けてくれた人がいたんだ。


「すごいんだな、その人」


僕じゃ至らなかった。そう言えば、数馬は驚いたような顔をしてぶんぶんと首を振る。


「嬉しい、ありがとう藤内」


良かった。数馬が笑っている。あの違う笑顔はどうか、もう浮かべないで。


そう思っていたのに。


「数馬」


泣かないで数馬。


「……っ」


僕じゃ駄目だ。


「数馬!」


「!」


僕の上げた大声に、数馬は驚いたように顔を上げた。そんな数馬に構わず、僕は数馬の手を取る。


「その人とは、いつもどこで会っていたんだ」


「え…?」


「いいから!」


「あ、え、と……公園。小さな森があって、その奥に小さな湖がある……」


そこなら道を知っている。


「行くぞ」


「えっ?どこに?お弁当……」


「その公園に決まってるだろ!」


数馬の目が見開かれた。構わず僕は数馬の手の弁当箱を階段の上に置いて、手を引いたまま階段を駆け下りる。


「藤内っ……」


泣き出しそうな数馬の声。それでも僕の足は止まらなかった。午後の授業なんてどうだっていい。僕たちは上履きのまま外に飛び出した。


僕じゃ駄目だ。
僕じゃ駄目なんだ。


要さん、
要さんじゃなくちゃ。


「藤内!学校っ……」


制止する数馬の声を振り切る振り切る。数馬は僕の手を振り解かなかった。



※※※


藤内の背中を見ながら、僕は走っていた。息が切れて、頭もぐしゃぐしゃだった。


「…っ」


藤内がなぜあの公園に向かおうとしているのか。要さんがいるはずないのに。


逃げたい、逃げたい、


要さんに


「あい、たい……けど」


もがくように口からこぼれたのは間違いなく僕の言葉。また涙が出そうになる。


まだ僕は期待しているのか。


「藤内!学校っ……」


それを振り払うように藤内を制止したけれど、藤内から返事なく足も止まらない。僕は、藤内の手を振り解かない。


会いたいんだ。


「数馬」


ふいに、藤内の足が止まった。肩を上下させて息を切らす藤内を見る。僕も息が上がって、涙で視界は霞むし、とにかく新鮮な酸素を肺に取り込もうと呼吸を繰り返した。


「数馬、」


藤内が学生服の袖で僕の目尻を拭う。されるがままになりながら、僕はズッと鼻をすすった。


「数馬、聞いて」


「……なんで」


「僕さ、数馬がなにかあったのに気がついていたのになかなか言い出せなかった。数馬を元気付けたかったのに」


どきんどきんと心臓が跳ねる。藤内は僕の腕を掴んで、うつむいたまま顔を上げない。


「傍にいれば、いつか数馬は元気になってくれるって。僕の逃げだった。僕は結局、なにも出来なかった。だから」


藤内の手がぽす、と僕の頭に乗る。


「僕に出来ることはこれくらいしか無いけど」


背中が軽く押された。公園の入り口に足を踏み入れる。あそこに見える森を少し抜ければ、いつもの場所がある。


「要さんに会わなきゃ」


「…っでも、僕」


「要さんに、会いたいんだろ」


会いたい。
でも、要さんはきっと来てくれない。


「そしたら、僕が探してきてやる。意地でも、数馬と会わせてやるから」


「藤内…」


「僕には、これくらいだ」


悲しそうに笑う藤内に、僕はああ、と胸がつかえた。僕が辛かったとき、悲しかったとき。


たしかに僕に色をくれたのは要さんだったけれど。ずっとずっと、僕の傍にいてくれたのは、一体誰だったのか。


「藤内!」


目の前の藤内に思いっきり抱きつく。藤内は驚いたように声を上げて、僕を慌てて支えた。


「数馬!?」


「僕、ちゃんと話すから」


「え?」


「藤内に、ちゃんと話すよ」


ありがとう。
僕の親友。


「ずっと傍にいてくれて、ありがとう、藤内」





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