それでも僕は君を愛するのさ

僕は僕だと。
僕だから好きなのだと。


数馬に言われて、僕は嬉しかった。数馬が愛しくて愛しくてたまらない存在で、大切で。


そして今、数馬に色がわからないと告げられた僕はなにを思っている?


「あら、あなた」


ふと呼び止められた優しい声に僕は顔を上げた。みればあの時のおばあさんがにこにこと微笑みながら、こちらに歩いてくる。


「あ……こんにちは」


「こんにちは。なんだかお久しぶりかしら。絵を描いてくれるのずっと楽しみにしていたのにいらっしゃらないから、心配していたのよ」


「…あ、そうでしたね」


そうだ。そんな話をしていたのに。すっかり忘れてしまっていた。


「ふふ、それとも今来てくれるところだったのかしら」


「……っ、ああ、あのご迷惑じゃなければ」


僕の手に持ったスケッチブックをみて嬉しそうに笑うおばあさんに、慌てて歪んだ表情を繕えばおばあさんは「是非」と誘ってくれた。


「良かったら、スケッチブック見せて下さらない?」


「あ、はい。大層な代物じゃないですけど……」


スケッチブックを受け取り、お婆さんはペラリとページをめくった。そういえば


「(数馬以外に絵をみてもらうのは、久し振りだな)」


他人の評価が怖くて、でも絵を描くのはやめられなくて、びくびくと筆を取っていた。


尊敬する父さんの言葉は絶対だから、僕はそれに縛られた。すがりついてようやく安心をくれたと思っていた彼女の言葉だから、僕は傷ついた。


数馬が、いとも簡単に解いて癒やしてしまったけれど。


「とても、優しい絵ね」


「え…」


「あなたらしさがよく出ているというのかしらねぇ。とっても、素敵な絵だわ」


「そんなこと、ないですよ。僕より上手い人はたくさんいますから」


絵を描く。
誰でも出来ることだ。


僕でなくても、代えは効く。


「あら、そんなことないわ」


お婆さんは優しく目を細めて、スケッチブックの絵に静かに手を乗せる。


「あなたの絵、とっても好きよ。優しくて柔らかい、素敵な絵だわ」


既視感。
とてつもない既視感だった。


「あ……」


僕はそれを、その言葉を、誰かにもらったはずだ。


「あらあら」


ぽたぽたと涙が落ちていく。胸がつかえて、それでも溢れる感情は声を外へ押し出した。


「ぼ、く……絵を描くの、好きなんです」


「ええ、そうでしょうね」


「でも、僕の絵は誰かに必要とされているのか、って、」


「ええ」


僕にとって、絵を描くというのは、御伽噺なのだ。線が踊り、色が弾んで、見る(読む)人によって姿が変わる。


絵のなかには僕が感じたものが、僕の世界が回って写る。


「他人の目が、怖くて」


「おかしな人ねぇ」


くすくすとおばあさんは笑った。


「評価のために描くわけではないんでしょう?」


「…っ」


「あなたは評価のために絵を描いてはいないわ。だって、この絵すごく優しいもの」


"僕、あなたの絵が好きなんです!"


そうだ。


「ありがとう、ございます」


そうだ、僕は


「嬉しい、です」


「あらやだ、ごめんなさいねぇ。年寄りになると説教くさくなっちゃうの。許してね」


「いえ。おばあさんのお陰で、気分が晴れました」


「本当?なら良かったわ」


ふふ、と笑いながらおばあさんはスケッチブックを閉じると、僕に差し出す。


「おばあさん、すみません僕、急用が出来てしまいまして」


「え?あらら、残念ねぇ。またいらして下さる?」


「はい、今度はきっと」


深く頭をさげて踵を返す。おばあさんは優しく微笑んでいつまでも手を振っていた。


「素敵な画家さんねぇ」



※※※


数馬、数馬、


数馬がどこにいるかなんてわからない。けれど、僕は確かな意志を持って走っていた。


名前を呼びたい。


秋色に染まりつつある風が、強く強く僕をかすめていく。スケッチブックが何度か汗で滑って落ちそうになるのに気も回らない。


数馬に会いたい。


「っ……馬鹿だな、僕!」


自分で公園に何日も行かなかったくせに。


数馬は来てくれるだなんて、期待している。


「よく、考え、っ、たら、連絡先とか!知らない、し!」


だって、そんなのどうだって良かったんだ。あの公園の湖の前のベンチに座っていれば、数馬が来てくれるし、話が出来たから。


すごくすごく、楽しかったから!それだけで!たったそれだけで!


数馬はいつものようにスケッチブックに描かれる絵をみて微笑んで、僕の絵を好きだと言ってくれる。


それだけで!


「…っ」


なんの違いがあるというのだ。数馬が色がわからないというだけで、数馬のなにが変わるというのだ。


僕が嘘をつかせていたのかもしれないけれど。


「ねーよ!!!」


思わず叫んだら、前にいた野良猫がびくっと驚いて走って行ってしまった。


僕は、僕が好きな数馬はそんなつまらない嘘をつくような子じゃない。


信じる。
信じられる。


好きだから、大事だから。


「(そうか、これが)」


愛し方、か。
好きということか。


僕は数馬が数馬のことが
大好きだ。





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