感情交差
僕はまた、逃げ出していた。
「ごめん」
気がつけば僕はそう呟いて、意味もなく首を振った。どうしよう、どうしたら、
全ての疑問のピースが重なって、答えが出る。
"数馬くん数馬くん、赤は英語でなんて言うんですかぁ?"
学校での英語の授業。
おそらく数馬は先生に指名され、こう要求された。
"数馬くん、この紙の色は英語でなんと言いますか?"
「……っ、」
僕の胸が冷え、頭が熱を持つ。首にじわりじわりと汗をかいているのに、首筋は冷たかった。
僕は、僕はなにをした?
僕は今まで、数馬になにをしてきた?
「……ご、め」
嘘を、嘘を吐かせていた。
苺に色を塗ったと言った僕に、数馬は見えなかったけれど、おそらく"苺は赤いもの"という"知識だけで"。
「赤くて、可愛い苺ですね」と。
嘘を吐かせていた。僕の絵が綺麗だと言ったのも、僕が、僕が、ぜんぶ、
「―――」
言葉なんて出ない。
言い訳なんて出来ない。
いつもは容易く出せる声が、今は酷く、雲を掴むくらい困難で、
「ごめん」
やはり僕は謝罪を零して、そしてまた、逃げ出した。
※※※
血が熱い。背に流れるなにかが冷たい。
「(どうしよう)」
涙でぐちゃぐちゃに混ざる視界のなか、僕は俯いた顔を上げられずただ真っ黒なブルーデイジーに視線を落とす。
僕が色がわからないということ。つまり、要さんに僕の嘘がばれてしまったということ。
でも、違う。僕は本当に、要さんの絵が大好きで、あの瞬間要さんのおかげで視界に色が戻ったような気がして。
そう、あの瞬間。
たしかに僕は、青く薄く色付いて凛と澄む小さな小さな湖を見た。そこに羽ばたく、鳥たちもたしかに、あの瞬間。
「……、ぁ」
言わなきゃ。
たしかに僕は色がわからないけれど、要さんの絵に救われたことを。
要さん、僕は、
「ぁの、」
「ごめん」
息が飲み込まれ、言葉と声は引っかかりながら僕の喉元に落ちていった。
「……ご、め」
要さんの口から、喘ぐように謝罪の言葉が零れ落ちる。
違う、謝るのは、
謝るのは、僕の方で、!
「――!」
顔を上げて視界にうつった要さんはとてもとても、
「ごめん」
傷付いた表情をしていた。
「――――」
僕が、僕が、傷付けた?
色なんてわからないくせして、好きだなんて綺麗だなんて。
要さんはきっと
「ごめん」
そのまま、走って消えていく要さんをぼんやりと立ち尽くしたまま見送った。
どうして
「どう、して」
どうして僕は
「、っなんで僕は、ぁ、色がわからないんだよ…っ……」
要さんがくれたこの花の色。僕の視界には映らない。
「好き、なのはっ……本当っなの、に、」
好き、大好き。
僕は絵が、要さんの絵が、
「ぅ、あ」
要さんのことが、
大好き。
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