モノクロ

僕の世界から色が無くなってしまったのは、中学校の入学式の前だった。


突然の高熱。
僕の意識は慌てて駆け寄る母さんを最後に暗転し、目を開けると


「……天国?」


そこには、白と黒だけの世界が存在していた。


「数馬くん、落ち着いて聞くんだよ」


顔の真っ黒な、白衣を着たおじさんが僕の肩に手を乗せる。真っ黒な顔に、ぱっくり口が開いて、僕はこの白と黒の現状を知った。


僕は、色がわからなくなってしまったのだ。


「どうしよう」


入院を知らされ、僕が真っ先につぶやいたのがそれだったと思う。色がわからない。別に、足を切断だとか、話せなくなったとか、そういうことじゃない。


この僕の白と黒の世界は、僕になんの不都合をもたらすんだろう。


それは、退院してから嫌でも知ることになった。


「(……あ、あ、)」


白と、黒だ。
全部全部全部、白と黒でしか無い。


僕を、恐怖が襲った。
僕は今、本当にここに生きている?だって、僕の世界は


「(こわい)」


白と黒でしかないのに。


「お母さん」


次に襲った不安は


「僕の目のこと、絶対に友達にはいわないで」


怖かった。みんなに、僕の目のことがわかってしまうのが、とてつもなく。怖かった。


ああ、信号がわからない。
表示はおそらく青信号。でも、でも、


違うかもしれない。


だって僕の目には


「どっちも、黒にみえるよ」


ああどうして
どうして僕は、


「数馬」


いつものように、要さんが僕の名前を呼ぶ。なにやらいつもと違うような、様子がおかしい。


「あのさ数馬!これ!」


手渡されたのはプランターに植えられた花だった。なんの花だろう。伊作先輩ならわかるかな。まじまじと見つめる。


「あげよう、数馬に」


「えっ」


僕に?僕に?
ドキドキと心臓が早鐘を打つ。もらってしまっていいんだろうか。


「あ、ありが…」


「数馬の髪の色なんだ、その花」


その言葉が、一瞬で僕の中心を貫いた。


要さんの言葉が、耳に入ってこない。僕はまたプランターの可愛らしい花を見つめる。


「僕の……」


僕の髪の色。
要さんが綺麗だと褒めてくれる。僕の髪の色の花。


涙が溢れるのを止められなかった。


「すみ、ません……」


言おうと、いつか言えると思っていた。でも、要さんに嫌われるのがなにより怖かった。


要さん、要さん、ごめんなさい、ごめんなさい。


僕には、この花は、


「僕、―――――色がわからないんです」


黒にしか、見えない。

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