風の忍者

「びっくりしましたー!まさか要先輩にバッタリ会うなんて!」


「うん、僕も」


にっこにっこと僕の手を握りながら歩く喜三太くん。僕が日用品を買いに町を歩いていて、バッタリ喜三太くんに会ったのはつい先刻のことだ。


「はにゃあ、要先輩はどうして町に?」


「ん?ちょっと日用品を買いにね。あ、ついでに尾浜先輩としんべヱくんお勧めのお茶屋さんを覗いてみようと思って」


「お茶屋さんですか?」


「うん。美味しかったら孫兵たちを連れてこようかなぁって思ってるんだ。良かったら、下見付き合ってくれる?」


僕の言葉にパッと喜三太くんは顔を輝かせる。が、ふとなにかを思い出したように眉をさげて表情を曇らせた。


「ううー…すっごく嬉しいお誘いですけど…僕、待ち合わせてる人がいるんです…」


「待ち合わせてる人?」


「はい!僕が前に通っていた、風魔流忍術学校の先輩なんですー!」


「そっか、たしか喜三太くんは転校生だったね」


「その先輩が久しぶりにこっちの方まで来たから、会おうって!町で一緒にお茶する約束を……あ!」


本当にその先輩に会えるのが嬉しいのだろう。両手を合わせてきゃっきゃっと話す喜三太くんは、唐突に僕を見上げて提案した。


「良かったら、要先輩も一緒に行きませんか!?」


「え!?いやだって、僕部外者だよ…!?」


「そんなの関係ないですよー!そしたらそのお茶屋さんにも行けるし、ね!行きましょーよ!要先輩」


「で、でも…」


はにゃあ、はにゃあ、と僕の両腕を引っ張りながら歩く喜三太くん。僕はどうしたものかと眉を下げながら足を動かす。


「き、喜三太くん、前見なきゃ危ないよ?」


「話をそらさないで下さぁい!錫高野与四郎先輩は優しい方ですし、大丈夫ですよ?ね?」


「でもなぁ…」


両腕を引っ張られたまま、うーんと唸ると、両腕に軽い振動が伝わった。同時に喜三太くんから「ひゃあ!?」と叫び声が上がる。


「喜三太くん!?」


「ってぇなぁ!なにしやがるこのチビ!」


僕が声を上げるのと、その大男が喜三太くんの腕を掴んで持ち上げたのは同時だった。


「あーあぁ、骨が折れちまったなァおい!どうしてくれんだァ?」


「ご、ごめんなさいぃ…」


腕を掴まれ持ち上げられたまま、大男に睨まれて喜三太くんの目に涙が溜まったのが見えた。反射的に叫ぶ。


「すみません!下ろして下さい、その子は悪くありませんから!」


「アァ?」


ああ、まったく、この時代もいるんだなこんなの。


と僕の頭は妙に冷静だった。大男は僕に視線を落として鼻で笑う。


「なんだァ、坊主。このチビはお前の弟かよ?」


「非礼はお詫びします。痛がっていますし、離して下さい」


「要先輩ぃ…」


ぽろぽろと涙が喜三太くんの頬からこぼれる。その喜三太くんの表情に、僕は胸が苦しくなってもう一度「離して下さい」と頼んだ。


「さーてどうすっかなァ」


大男は僕が下手に出ているのを見て、にやにやと笑い喜三太くんを下ろそうとしない。すぅ、と芯が冷めていくのを感じる。


今日、僕はあれを持ち歩いていたっけ。ああ、大丈夫だ。


「もう一度、言いますよ?その子を離して下さい」


「ハッ偉そうに!嫌だって言ったらどーなるんだ?」


「強行手段を取ります」


「ハァ?」


「離してくれないなら、取り返します」


「ぶはっ…!できるもんならやって……ア゛ァ!?」


大男の言葉を最後まで聞かずに、僕は懐から取り出した饅頭のようなものを数個男に投げつけた。


「ガッ…ァ゙ァ!っんだァ!」


ぼわん!と饅頭のような玉から、大男の体に当たった衝撃で粉が吹き出す。石灰と唐辛子を混ぜて作った僕のお手製である。その粉から大男は反射的に目を庇おうと、喜三太くんを離した。


「はにゃ…!」


「喜三太くん!走るよ!」


大男の腕から解放された喜三太くんの手を素早く取って駆け出す。


しかし、相手の方が一枚上手だった。


「待てやァ゙ァ!」


「…っ!」


ぐんっと髪に鋭い痛みが走り、二歩三歩足を動かさないうちに僕は結っていた髪を大男に掴まれたのだ、と理解した。


「要先輩!」


「にげて!」


掴んでいた喜三太くんの手を振り払い、僕は掴まれた髪をおさえ痛みに耐えながら叫ぶ。


「このクソ餓鬼がァ゙ァ!舐めた真似をしやがってア゛ァ!?」


「…く…ぃ…!っ…にげて!はやく…!」


歪む視界に喜三太くんは動かない。どうしよう、どうしよう、このままじゃ喜三太くんまで。


お願い、お前だから、


「はやく逃げろ!!」








「その必要はねぇだーよ」


その声と共に、痛みに歪む僕の視界に誰かが映った。喜三太くんがその誰かの名前を叫ぶ。


「与四郎せんぱぁい!!」


「いつまで経っても来ねーから、迎えにきてみりゃ…おう、オメー子供相手にずいぶんだぁなぁ」


「ァ゙ァ…?なんだお前は」


ギロ、と大男が与四郎先輩、と呼ばれた男の人を睨む。それと同時に僕の髪を掴む手に、ぐっと力が増して、思わず声が漏れた。


「離せよ」


僕の声が届いたのか、男の人の声に明確な力が籠もる。


「離せって言ってんべ」


突き刺さる威圧。動けば食われる。僕まで気圧されてごくりと空(くう)を飲み込んだ。


「そんなにオラにぼこされたい(酷い目にあわされたい)ってぇなら、それも良いだぁよ?」


「…ッ…のやろォ…」


「オメーもあんまり町中で騒ぎ起こしたくねぇだべぇ?(ないだろう)見逃してやるっ言ってんだぞ?その子離してさっさと消えろ」


「…ッ要らねえよ!こんな汚いクソ餓鬼!」


「っあ」


いきなり突き飛ばされたが、慌てて片手を地面に当てて踏ん張る。地面に転がりたくは無かった。そんな僕をみて、大男は舌打ちすると踵を返して去って行った。






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