間違い探し

先日から気になっている後輩がいる。そいつは初めて会ったとき、資料を抱えてウロウロしていた。制服で一年生だとわかった私は少しからかってやろうと、雷蔵のふりをして声をかけた。


くるりと振り向いた一年生は少しびっくりしたような顔で私を見上げた。へぇ、なかなか可愛い顔してる。そんなことを考えながら、雷蔵だと名乗れば一年生は"一ノ瀬 要"と名前を名乗った。


図書室の場所がわからないという要に、場所を教えてやれば顔を輝かせてお礼を言ってくる。


「(おお。これは反応が楽しみ)」


内心ほくそ笑みながら図書室に連れて行ってやると、期待通りに要はポカンとした顔で図書室のなかにいる雷蔵を凝視した。さっきまでの顔とのギャップにたまらなくて吹き出す。


雷蔵が"また僕のふりをして一年生をからかったな!"と怒り出すが、訳が分からないという顔でオロオロする要に、笑いが止まらない。そのあと雷蔵にこっぴどく叱られたけれど、私はあの面白い後輩にまた会いたいと思っていた。


「なー雷蔵」


「なに?」


「そのー…あー…図書委員会の一年生ってもう活動してるのか?」


「ううん、一年生は来週から……あぁ、要ね」


「あれから全然会ってないんだよなぁ」


「一年生はいま学園に慣れるために忙しいんだから、あんまりちょっかい出しちゃ駄目だよ三郎」


本から目を離さずに淡々と釘を刺す雷蔵に、私は生返事を返してごろんごろんと自室の畳の上を転がった。


「あー会いたい」


「ははっ、なにそれ」


「なんかなーなんでだか知らないけど」


「変な三郎。そんなに会いたいなら探してくれば?ただしちょっかいは出さない。わかった?」


「よしっ」


雷蔵様からお許しが出たので、意気揚々と立ち上がる。「夕御飯までには帰っておいでよ」という親友の有り難いお言葉を背に、自室を出た。


「しかし探すって言ってもなぁ…どこにいるんだか」


もう授業は終わっているんだろうが、野外マラソンなんかで外に出ているならまだ帰っていないだろう。


「うーん…要が居るところといったら…」


「はい」


「うーん……ん?」


「呼びましたか?鉢屋先輩」


「うわぁあ!」


振り返ると積み上げられた資料が言葉を話して…ああ違う、その積み上げられた資料を抱えた要が後ろに立っていた。


「ど、どーして私が鉢屋三郎だってわかった?」


「え?いや…あれ?あの、雰囲気…です?」


「なんだそりゃ。というか、なんだよその山積みの資料は。雑用押し付けられたか?」


「いえ、先生が大変そうだったので」


「…自分から引き受けたのか?」


「? はい」


なぜそんなことを聞くんだろうという表情で、要が応える。変なやつだなぁ。なんで雑用をわざわざ?


「で、すみません。鉢屋先輩。職員室の場所がわからなくなってしまって…」


「え?あ、ああ、この廊下を真っ直ぐ行って、角を左に曲がればすぐだ」


「有り難うございます!」


失礼します!と小さくぺこりと頭を下げて、要はパタパタ廊下を走って行った。そんな背中を見送って、はたと自分の目的を思い出す。


「見送ってどうすんだよ…」


ため息をついて後を追う。角を曲がると、要はぺこりと一礼して職員室へ入って行ったところだった。少しだけ話し声が聞こえて、やがて"失礼しました"と要が職員室から出る。


「あ、……え?」


声をかけようとした手が止まったのは、要が手にさっきとは別の資料を持っていたからだ。要は私に気が付くことなく、私とは反対の方向へ歩いていく。


え?あれ?なんで?


「なにしてんだ…えーと、不破?鉢屋?そんなとこで」


職員室近くでボケッと呆けている私に、職員室から出てきた先生が怪訝そうに眉をひそめた。


「え、あ、鉢屋っす。先生…あの、今出てった一ノ瀬要が持ってた資料って」


「ああ、事務室に持っていってもらうものだが?」


「…そう、ですか」


「ん?はは、一ノ瀬の"アレ"は今に始まったことじゃないぞ?鉢屋」


「え?」


「実際助かってるわけだし、まぁ役には立ってるわな。ははは」


なんのことだ。
私は眉をひそめたが、先生は笑いながら肩を叩くと私を通り越して廊下の角を曲がった。


要の…"アレ"?


「なんだよそれ?」


首をかしげながらも要の後を追って事務室に急ぐ。すると、事務室の道中で私の足はピタリと止まった。


「大丈夫ですか?おばちゃん」


舌足らずな声が耳をくすぐる。要は資料の束を持ったまま、食堂の裏口を覗き込んでいた。


「あら、要くん。こんにちは」


「こんにちは、おばちゃん。どうかしたんですか?」


「ああ、実はねぇ、カマドの火がうまくいかなくて…」


「入っても良いですか?」


「? えぇ、良いわよ」


てこてこと食堂に入っていく要に、私は裏口からそっと中を覗き込んだ。資料の束を濡れたり、燃えたりしないよう食堂のカウンターに置くと、要はカマドの前にしゃがみ込んで木の筒を持った。


「…」


ふぅふぅと木の筒を持ちながら息を吹きかける要を見ながら、考える。


要の"アレ"とは一体なんなのだろうか?


「っ…はぁー…よし、つきましたよーおばちゃん」


「まぁまぁ有り難う!なんだか手馴れてるわねぇ、お料理好きなの?」


「いえ、料理の方は全然駄目です。ただ火をおこすのは家でよく手伝ってたので」


「そうなの。助かったわ、本当にいつも声かけてもらって、有り難うね」


「そんな、気にしないで下さい。じゃあ、僕はこれで」


資料をまた手に持つとぺこっと軽く頭をさげて食堂を出ようとする要をみて、私は慌てて裏口から飛び退いた。


「有り難うねー」


「おばちゃん」


「わっ!?あぁ、びっくりした、ええと…」


突然現れた私に目をぱちくり瞬かせるおばちゃん。苦笑して、いつも決まり文句を並べる。


「雷蔵じゃありません。鉢屋です。それより、あの今"いつも"って?」


「え?ああ、要くんのこと?ふふふ、なんていうか…あれはもう"癖"よねぇ」


「"癖"?」


「えぇ」


要の"アレ"
要の、癖?


「あ、いけない。せっかく火をつけてもらったのに。じゃあね鉢屋くん」






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