変わらないもの02

ドカンッと爆発したかのような音に、なにかの衝撃が木全体を震わせる。クナイを握り振り上げていた黒忍者はいきなりのそれに、手を止めないわけにいかなかった。


木の下の方からぎしぎしみしみしと嫌な音がして、次の瞬間には木がぐらりと傾き倒れ始める。


「なんだっ……」


黒忍者は僕から手を離して、別の木へ飛び距離を取る。僕も別の木に移り、ため息をつきながらそいつを叱咤した。


「三之助!助けてくれたのは有り難いけど、木を薙ぎ倒さない!」


「いけいけどんどーん」


「やかましい!」


にししと三之助が笑う。その彼の足元には根元からばっきりと折れた木の幹が鎮座していて、また蹴り一発で木を折ったのかと眩暈がした。


「なんだよー?ヤラれそうになってたくせにー」


「っ……るさいなー…今から僕の華麗な逃走劇が…」


ヒュゥ


空気が大ざっぱに切られる音がして、僕はそちらに意識を向け警戒したが三之助は右手を振りながら、なんでもないように笑った。


「大丈夫だ要、左門だよ」


ガサガサっと盛大に葉がこすれ、黒忍者の隣にストンと降り立った左門は、僕を見つけると得意げな表情を浮かべて手を振ってきた。


「待たせたな要!で、敵はどこだ!」


「きみの目の前だよ、左門」


「ん?」


左門が手を振りながら隣に目を向けた瞬間、黒忍者はハッと我に帰ってすかさず手裏剣を左門に投げつけた。


「あぶな!」


キィン


それをなにかに弾かれ、もう一枚投げようと黒忍者が手裏剣を構えたが、左門は躊躇いなく"それ"を黒忍者の顔面に放り投げた。


「ぐッ……!?なんだっ…重いっ……!?」


クナイを構え弾こうとしたらしいが、腕にぶち当たってしまったらしい。左門はまたまた得意げに胸を張ると笑い声を上げた。


「あーっはっはっ!まぁ10キロのそろばんだからな!」


「なんだ貴様っ……」


「そこ動くなぁあ!!!」


「!?」


その雄叫びにびくりと動きを止めた黒忍者だったが、結果的にそれは彼の命を救うこととなった。


ガギンッと嫌な音と共に黒忍者の鼻先すれすれを通り、なにかが木の幹に突き刺さる。


「……っ鉄双節棍か」


「ああ手元が狂った。おい左門!ぜってぇそこから動くなよ!良いな!」


「断る!」


「ばか!こっちに来い!」


「貴様ら……何者だ」


低く地を這うようなおどろおどろしい声音がぬるく鼓膜を撫で、作兵衛は左門と三之助の首根っこを掴みながら黒忍者を睨みつけた。


「べつに?俺たちは「「ただの三年ろ組だ!」」……何年前の話してんだよ」


「さんねん……ろぐみ?」


静かに黒忍者の眉がひそめられる。すると迷子コンビは作兵衛の手から抜け出して、得意げに胸を張った。


「三年ろ組!次屋三之助!体育委員会の紅一点だ!」


「三之助違う。意味が違う」


「続いてろ組!神崎左門!会計委員会のサラスト担当だ!」


「うん、もういいや」


「おら馬鹿やってんじゃねぇ!とっとと片付けるぞ!」


「ふふ……はははは!私もずいぶん舐められたものだ!」


咳が切れたように笑い出す黒忍者に、三之助が体術の型を取って構える。左門もクナイをくるくる回しながらも構えた。


「ふふ、ふふふ、君には仲良しなお友達がたくさんいるんだねぇ」


くすくすくすくすとこの人は笑い上戸なんだろうか。やがて笑い声をびたりと止め、笑みだけを顔に張り付けると黒忍者は左手を上げた。


「私にもお友達がいてね」


途端に近づいてくる気配。何人かの忍者がこちらに来る。恐らく数は、僕らより多い。


「まぁ、お友達っていうより、"部下"って言った方が良いのかな?ふふ」


「あいつ変態だ、間違いない」


「今まで何人もの変態に襲われてきた要が言うんだから間違いないな」


「三之助、あとで僕の部屋」


「つか囲まれたぞ!?どうすんだよ要!」


「なんで僕!?作兵衛助けにきてくれたんじゃないの!?」


「ばっ……ああそうだよ、助けにきたんだよ!!無事かよ!!」


「なにも策無しに来たんだね……」


苦笑する僕になんてお構いなしに気配はぽつりぽつりと周りの木々に現れた。皆同様に手裏剣なんかの武器を構え、こちらを窺っている。


「ふふふ、待ちなさいお前たち。ゆっくりゆっくり、彼らに最後の時間を与えてあげようじゃないか」


「頭の趣味も相変わらずですよねぇ」


げらげらと笑う周りの忍者たち。不快な笑い声に作兵衛は眉をひそめて、三之助と同じ型を取る。


「さぁて仲良しのお友達と一緒に……」


「あはははは!お前には友達が居たんだな!」


左門の笑い声。その笑い声に言葉を遮られ、黒忍者が不快そうにそちらに顔を向ける。


僕は、僕は昔から左門の笑い声が大好きだった。だって、左門の笑い声はいつだって


「僕らにも、大切な友達はまだいるぞ!」


状況をくるりと、ひっくり返してくれる。


「なっ……」


「うぁっ……!」


「なんだ!?どうした!?」


突然うめき声を上げて木から転げ落ちる部下たちに、黒忍者が動揺の声を上げる。その部下たちの手には、弓矢が深々と突き刺さっていた。


「油断大敵、火がぼーぼー……ってね」


現れたのは弓矢を構えた、僕の大切な友人の1人。


「無事か?お前たち」


「藤内!」


「よう、要。お前はまたお節介な仕事を引き受けて……私の身にもなれ」


「藤内ー遅かったなー」


「待ってたぞ!」


「まだ策も練ってないのに飛び出して行ったな迷子コンビ!」


「このっ…糞餓鬼が……放てェエ!」


二度もふいをつかれ、黒忍者の余裕が完全に無くなった。藤内の矢をなんとか弾いた部下数人が手裏剣を放り投げようとする。


しかし


「………あぁ?」


今度はうめき声を上げることなく、数人の部下は木々から倒れ落ちて行った。信じられない光景に目を見張る黒忍者。


そして聞こえてきたのは、そんな状況に似合わない柔らかな声だった。






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