変わらないもの 「…う、わぁ」 失敗した、とそう思った。抜かりなかったはずだったのに、甘かった。敵も馬鹿じゃなかったらしい。 「侵入者だ!」 「捕らえろ!」 鋭い声が耳をかすり、景色が、状況が焦燥する。捕まるのは大変よろしくない。まずい、どうする? 目の前の一本の巻物。これがあれば、一つの村を救うことができる。一つの村に住む、たくさんの人たちを救うことができる。 「…」 天秤は面白いくらい簡単に傾いた。巻物を片手でさらい、その部屋を飛び出す。 「くそっ!盗られた!」 「出口を全てふさげ!」 「追跡させろ!生かして捕らえろ!巻物を取り戻せ!」 後ろから前から横から声が飛び交う。同様に"生かして捕らえろ"と。落ち着いて、取り乱すな。絶対に、逃げることを諦めるな。 「逃がすかァッ!」 そう叫んで、1人が僕に向かって槍を横一文字に振るった。しゃがんだら囲まれる。そう判断して跳ぶ。 「ぐっ…!?」 失礼して顔面を踏み台にさせてもらい、後ろについてきていた何人かの兵も越させてもらった。 城壁に辿り着いて、追跡者の声を聞き距離を確認しつつ、城壁を鉤縄を使って乗り越えた。 「逃げたぞー!」 「追跡しろ!いいか!生かして捕らえるんだ!」 その声が耳をかすったまま、僕は深く暗い森のなかに身を投げた。風と音と黒が、速く速く速く速く僕を掠めてゆく。 ザザザッ 「!」 耳敏いとでもいうか、僕の耳がその音を捕らえた。はやい、もう忍者が追ってきた。 ヒュゥ、 「…ッ」 キィンッと鋭い音が耳元で弾ける。音もなく飛んできた手裏剣をクナイで弾いた。方向は真横。追いつかれている。 「止まれ」 「…断る!」 冷たい声に意地でそう返して、踏み込む足に力を込めた。闘うのはよろしくない。忍者は闇に紛れ、風のように、つまり逃げてナンボだ。 「止まれ、と」 「…!?」 「言ったはずだが?」 カゲロウのようにふわ、といきなり前に回り込まれた。不意打ちを取った相手が手裏剣を僕の足元に投げつける。それを後ろに飛んで避け、縄標を構え、足を止めた。 「へぇ。縄標を使うのかい。なかなか腕が立つと見える。どこの忍者かな」 「…それほどでも。名乗るほどの者じゃありませんよ」 「ふふ、謙遜する餓鬼は嫌いじゃない」 コロコロと笑う声が耳に嫌に響く。縄標を腰の辺りで回しながら、考える。さぁ、どうしようか。 「だがその巻物、取り返さねば殿に叱られてしまうのでな?ふふ、返してもらうよ」 「それもお断りします。これはもう私の物。私の物をどうしようが、私の勝手」 「ぬかしおる」 瞬間、一陣の風が吹く。 縄標を真っ直ぐ狙ったが、肩をかすめ木の幹に吸い込まれるように刺さる。火花を散らす。何枚か手裏剣を放ったが掠りもしなかった。 「…ッ」 厄介なのに捕まった。はやく切り抜けなければ追っ手が来る。相手の手裏剣を弾きながら、逃げるタイミングを計るが、まるでそれを読んでいるように攻撃の連続。 一瞬でも隙を作れれば、一瞬でいい。逃げ出せる。 「余ー所見」 「っあ……!?」 油断した隙を相手を見逃さず、ものすごいスピードで間を詰められてしまった。手裏剣を投げて距離を取ろうとしたが遅い。相手の左手に首を捕まれ、成す術なく木の枝の上に倒される。 「ふふ、なにを考えていたんだろうねぇ?もしかして、私から逃げられる……とか無駄なことかな?」 「……無駄?無駄では無いでしょう。あなたから逃げられれば、私は助かりますから」 「では、不可能と言い換えようか。君はたしかに腕の立つ忍びのようだけど、私には勝てない。絶対にね」 「お喋りな人ですね。口を縫ってしまいますよ?あれから、随分手先も器用になったんですから」 「ふむ?あれから?」 「私、無駄なお喋りはあまり好きではありません」 言葉が言い終わらないうちに膝で鳩尾に蹴り込もうとした、が、 「……勘が良いんですね」 読まれている。 僕の左足はしっかりと黒装束の忍者の腕によってふさがれ、当の本人はまだくすくすと明らかにこの状況を楽しんでいた。むかつくなぁ、ったくよー? 「さぁて、お遊びはここまでしようか」 あ、どこぞの出来る悪役の台詞!僕は苦笑いして、相手の隙を探りながら煙玉を左手に掴んだ。 しかし、この後華麗に煙のなかを逃げるはずの僕の計画を、 「よっこいしょぉお!」 こいつらはあっさりと崩してしまったのである。 → ※ブラウザバックでお戻りください。 |