きみに悪戯 「一ノ瀬要先輩!」 「はーい」 名前を呼ばれると返事をしてしまう法則。あ、いやそうじゃなくて。 名前を呼ばれた僕は黒板消しを持ったまま、声の方へ歩く。教室の入り口にひょっこりと一年生くんが顔を出した。 「一ノ瀬要先輩でいらっしゃいますよね?」 「いらっしゃいますけど…君は誰くんかな?」 首を傾げれば、一年生くんはにこやかに答えてくれた。 「はじめまして!僕は一年い組の黒門伝七と言います」 「あ、作法委員会の!彦四郎くんと同じクラスで、藤内の後輩さんだね。藤内ならは組だから、このクラスじゃないけど…」 「いえ、僕は一ノ瀬先輩を探しにきたので」 「え?僕を?」 わからない。 僕がまた首をかしげるとばたばたと廊下を走る音がして、今度は兵太夫くんが顔を出した。 「あ、要先輩。教室にいらっしゃったんですかー」 「こんにちは、兵太夫くん」 「探してたんですよー?」 「うん?」 なんだなんだ?似たようなこと言って。すると2人はまるで打ち合わせでもしていたようなタイミングで 「立花仙蔵先輩がお呼びです!」 と同時に僕の両腕を掴んだ。がちっと拘束される僕。 「え?え?え?ちょっと?なに?なに?」 「作法室に行きましょう!」 「立花先輩、そこにいらっしゃいますからー」 きりっと作法委員長にいただいた命令を全うしようとする伝七くんと、からから笑う兵太夫くん。僕は訳も分からぬまま、2人にずるずる引きずられて行った。 ※※※ 「んー?」 四年い組作法委員の綾部喜八郎は、自分の本能に従うように、足取り軽くいつものように穴掘りに出掛けていた。 「おやまぁ、人が倒れてる」 「うう…」 近付いてみれば、それは若い男だった。自分よりひとつかふたつか年上にみえ、よくみれば頭に大きなたんこぶをこさえて目を回している。 「おーい、生きてますかー?」 「んん…」 「ああ良かった、生きてるんですね。大丈夫ですかー?しっかりしてください」 肩を貸して抱き起こすと、近くの木にもたれかけさせる。 「すみませんん…ありがとうございます…」 「べつに良いんですけど、どうしたんですか?あんなところで」 「お恥ずかしながら、道に迷ってしまいましてー…しかも浮かれていたものですからー…足を滑らせて…はは」 なんとなく小松田さんに雰囲気の似ている人だ。自分の学園の困った事務員を思い浮かべながら、綾部はその周りをうろちょろして小松田さんを手伝っている後輩を思い出し、くすりと笑う。 まぁ、要の影響ということで。 「よろしかったら道をお教えしましょうかー?僕がわかる道だったらですけれど」 「いいんですかっ!?」 散々迷っていたらしく、目を輝かせて綾部の手を握る男。綾部が気圧されながらも頷くと、男は懐からしわくちゃになった紙片を取り出して綾部に見せた。 「いやぁ、以前簡単な地図を書いていただいたんですけど、地図って現在地がわかんないと使えないんですよねっ」 「はぁ…って、あれ」 この字、それに、この地図は?紙片を覗き込みながら首をひねる綾部に、男は愛嬌のある笑顔でにこっと首をかしげた。 「忍術学園ってところに行きたいんですけど、場所わかりませんか?」 ※※※ 「立花せーんぱい!」 「一ノ瀬要先輩を連れて参りました!」 「え、えーと、連れて来られました…」 がっちりと両腕を兵太夫くんと伝七くんに掴まれたまま、しかも片腕に黒板消し装備で作法室に対峙する。 「ああ、入れ」 「失礼しまーす」 「失礼しますっ」 「お、お邪魔します…?」 2人は僕の腕から手を離すと、ささっと作法室の扉を開けてくれた。会計委員会の団蔵くんと左吉くんといい、作法委員会のこの2人といい…なんていうか、バックに誰がついてるのかありありとわかる。 「どうぞー要先輩」 「あ、ありがとう」 もう一度失礼しますと小さく頭を下げ、おそるおそる作法室に踏み込む。そこにいたのは、綾部先輩に立花先輩、そして意外な人物だった。 「それでですね喜八郎くん!もう要さんったら昔から不器用で、手伝うって言って繕い物をびりびりにしちゃって、ごめんなさいって泣き出しちゃうんですよ!もう昔から本当に可愛らしい人で!」 「へぇー」 「ふふー小さいころはオレについて回って、料理の修行を見てて包丁が格好いいって触り出すもんですからオレも親方もあの時は慌ててたなぁ」 「そっかぁ、要にも小さい頃があったんだねぇ」 とまぁ、そんな感じでまだ僕の転生の記憶が戻っていない幼少の頃の話を、綾部先輩と和やかにしているその人。 「す、す、昴(スバル)さん!?」 どこか、小松田さんに雰囲気が似ている、僕の兄のような人。 「あ!あぁああ!要さん!お久しぶりです!」 「な、なんで忍術学園に…!?」 「僕が穴掘りに出掛ける道中、倒れてるところを拾ったの。そしたら忍術学園に要に会いに来たっていうから」 「綾部先輩が…え、えとすみません、ありがとうございます…!」 「なんのなんのーいろいろ話も聞けたしね」 「今じゃこんなにしっかり者なのになぁ、要」 くくく、と笑うのは立花先輩だ。僕はカッと顔が熱くなるのを感じながら、昴さんに詰め寄る。 「す、昴さん!?一体なにを話したんですか!?」 「えへへ、オレが知る限りの要さんの思い出ですよ!もう可愛らしかったですよねぇ、昔の要さん!お母さんに頼むの恥ずかしいからって、よく夜中オレと厠行きましたよねー」 「わあぁああぁあ!!やめてやめてやめて!やめてください!!」 「え、なにそれ。僕まだされたことないよ、要」 「するわけないでしょう!やめてくださいよ!」 綾部先輩にぶんぶん首を振るのをみて、立花先輩が更に腰を曲げてけらけら笑い出す。 「へー要先輩にもそんな頃があったんですねー」 「要先輩があんなに慌ててるの、鉢屋先輩以来じゃないか?」 「うん、そうかも。あはは」 なんて勝手な会話をしながら正座して僕らの様子を見ている一年生2人組。それでもまだ昴さんの口は止まらない。 「今じゃこんなにしっかり者になって…忍術学園に送り出すとき、オレわんわん泣いたんですから!そうだこの間なんががももも」 「やーめーてーくーだーさーい!!」 「あ、なんで止めちゃうの」 「勘弁してくださいよ綾部先輩!立花先輩もいつまで笑ってるんですか!」 「すまないすまない、悪かった悪かった、…く、」 「…」 僕はため息をついて、すとんと昴さんの前に対峙し、正座した。 「お久しぶりです、昴さん」 「はい!お久しぶりです!ずっと帰ってきてくれないんですから、要さんったら」 「すみません、なかなか帰省出来ずに…それにしてもどうしたんですか?昴さんが忍術学園を訪ねてくるなんて」 「あっ!そうでした!聞いてください要さん!オレ、親方に一品料理を認めていただいたんです!」 「えっ!?」 昴さんの親方、僕の父さんは旅籠の料理人だ。昼間は食堂のようなことをやっていて、昴さんは父さんの料理の腕に惚れ込んで、僕が小さいころから住み込みで腕を磨いていた。 あの厳しい父さんに料理を一品認めてもらえたとは…ちなみに僕は包丁に触れることさえ許されていない。不器用ゆえに昴さんのドジよりひどいことになるためだ。 「すごいじゃないですか!昴さん、頑張ってましたもんね!」 「はい!もー嬉しくて嬉しくて嬉しくて!要さんに知らせたくてやってきちゃいました!あ、その料理も持ってきたんですよ!」 傍らに置いていた風呂敷包みを昴さんが意気揚々と解いたが、途端にその表情が固まる。 「あ、あれ?あれ?」 「昴さん?」 「おかしいな、確かに器に入れてっ…あれ?あれ?」 「無いのか?」 笑うのをやめて立花先輩が眉をひそめる。一年生2人もなんだなんだと昴さんの手元を覗く。やがて昴さんは目に涙を溜めて僕の方を振り返った。 「お、落として来ちゃいました…」 「…ああ、うん。大丈夫です、倒れてるところを〜の件でなんとなくわかってました」 「うわぁああん!自信作なんです!あの親方がふ、と笑って"うまい"って言ってくれたんですよ!?」 「器に入った料理を落としたのに気が付かなかったんですかぁ?」 「兵太夫!責めてやるな!そういう人もいるんだよ!」 「伝七くんもそれ微妙にフォローになってないけどね…」 僕は苦笑しながら、えっくえっくと泣き出す昴さんの頭に手をおいた。 「今度帰省したときに食べさせてください、昴さん。作ってるところも見たいな。昴さんがなにか作ってるところ、久しく見ていないから」 「えぐっ…要さぁん…でも、それじゃあオレなにしに来たのか…」 「ならこうしよう」 ぱちん、と指を鳴らして、立花先輩は僕たちを見回すと優美に微笑んだ。俯いて泣いていた昴さんがキョトンと顔を上げる。 「要の忍術の腕前、これを見てもらったら良い」 → ※ブラウザバックでお戻りください。 |