届くようで届かない

図書委員会緊急召集。
それを同級生に伝えられ、僕は夕飯をかき込んで慌てて図書室に走り出した。


「二年い組、能勢久作です。入ります」


書庫の戸を叩いて、緊張しながら扉を開ける。一体なにがあったのだろう。今日の当番はたしか一ノ瀬要先輩ときり丸だったはずだけど。


「委員長、一体なにが…」


扉を開けて事実を確認しようと声を上げたが、目の前の光景にごくんと言葉を飲み込んでしまった。


「違うッスよ!その本はあっちです!」


「あれ?そうだっけ?でもこの背表紙、この間あっちの棚で…ん?いやそっちだったかな…うーん…?あれ?」


「あー…この本も、こっちも、背表紙が破れちゃってる…」


「中在家先輩、歴代の貸し出し帳簿がぐしゃぐしゃになっちゃってますが…」


「とりあえず…年代別に…」


「はーい……あ!久作、こっちこっち」


ぽかんと目の前で繰り広げられる先輩と後輩の会話を眺めていると、要先輩が僕に気がついて片手を上げた。


「い、一体なにがあったんですか…?」


目の前にはぐちゃぐちゃと倒れた本棚がいくつか。そんな状態の本棚に納められていた本が無事なわけがなく、床に足の踏み場もないくらいに散乱してしまっている。


「いやー実はね…小松田さんが吉野先生に頼まれて、事務の古い資料を書庫に仕舞いにきたらしくて…」


嫌な予感がして僕ときり丸がかけつけたときにはもう遅かったんだ、と要先輩が苦笑する。


「も、もしかして…」


「薄暗い書庫のなかで足を滑らせて本棚に激突。そのままいくつかの本棚がドミノ倒し…とね」


要先輩の横で本を運んでいる雷蔵先輩も、そんな感じで苦笑していた。


「いやぁ、すみませんー…下に置いてあった古本に気がつかなくてー」


ひょこっと奥の本棚から顔を出して、小松田さんが申し訳なさそうに謝る。僕はなんとなく気が抜けてしまって、小さくため息をつくと書庫に足を踏み入れた。


「一体どれだけぐしゃぐしゃになってしまったんですか?」


「でも幸い壁側に倒れてくれたから、二竿くらいだよ」


「その二竿分の本は…」


「まぁ…見ての通りだよね」


苦笑する要先輩に、よく中在家先輩が怒らなかったなぁと首をひねった。そんな僕の疑問を察したようで、要先輩が僕の耳に口を寄せる。


「さっきまで大変だったんだよ?中在家先輩。僕と雷蔵先輩とでやっと宥めたとこなんだ」


「そりゃあそうですよね…」


「とりあえず、久作は怪士丸と修繕が必要な本の仕分けをしてもらえるかな」


「はい」


崩れた本の前でわたわたと動いている怪士丸に「手伝う」と一言声をかけて、本を一冊取った。



※※※


本棚を立て直して、修繕が必要な本と戻すものを分け、ついでに棚の掃除。棚に歴代貸し出し帳簿と古本を並べていく。


六人で手分けして行われた作業は、一人分のドジを加えてもさくさくと進んだ。


「…一息いれよう…」


「あ、そうですね。おーいみんな、少し休憩しようか」


雷蔵先輩の声に一年生二人の顔がぱっと輝く。帳簿を並べていた要先輩が「お茶でも入れて来ましょうか」と微笑んだ。


「じゃあ一旦書庫から出ないとね。小松田さん、お茶を飲んだらあとは僕たちでやりますよ。事務仕事あるんでしょう?」


「え?でも…」


「大丈夫。ちゃんと中在家先輩から出た許可ですので」


「ふぇーありがとう、中在家くん、図書委員会のみんな。本当にごめんねぇ」


雷蔵先輩に拝むようにお礼をいって、眉を下げながら謝る小松田さんに、僕たちはみんな首を振った。


「大丈夫ッスよ。あとで本片付け料もらいますから」


ただ一人を除いては、だったが。


「きーりー丸ー」


「いだだだだっ!?」


「今度僕がアルバイト手伝ってあげるでしょ?委員会活動は給料出ません」


「う゛ー…絶対ッスからね!?絶対手伝ってくださいよ!?」


「はいはい、任せて」


掴んでいたきり丸の頬から指を離す要先輩。「ちょっとは手加減してくださいよ」とは言いながらもどこか嬉しそうなきり丸に、どろりとお腹の底が混ざる感覚がした。


ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ。本当の本当にちょっとだけ。


"良いなぁ"


「じゃあ僕、お茶入れてきますね」


よろしくねーという雷蔵先輩の言葉を背中に受けながら、書庫を開けて出て行こうとする要先輩に僕は腰を浮かせた。


「要先っ…」


「あ!僕手伝いまーす!」


きり丸が手を上げてたたっと要先輩の元に駆け寄った。要先輩はキョトンとしながらも「ありがとうね」ときり丸と書庫を出て行く。


「…」


「? 能勢先輩?どうしたんですか?」


怪士丸に不思議そうな表情で覗き込まれて、初めて自分が顔を歪めていることに気が付いた。


「あ、ああ、なんでもない…大丈夫」


※※※


「お茶いれてきましったー!」


「要先輩…持ちますぅ…」


「わ、ありがとう怪士丸。少しお腹にたまる物も貰ってきたからねー」


「わーおにぎりかぁ」


小松田さんが嬉しそうに駆け寄って、おにぎりをひとつ手にとって頬張った。きり丸は怪士丸と並んでおにぎりを口に運んでいる。


「どうぞ、中在家先輩、雷蔵先輩。こっちが梅で、こっちが鮭だそうです」


「ありがとう要」


「もそ」


やがて要先輩は僕の元へやってくると、座っている僕にしゃがんでお皿を見せるように出す。


「久作はどっちが良い?」


「あっ…えっと…鮭、を」


「はい。鮭美味しいよね、僕も好きだよ」


どく、と胸がうずいたのを感じてぶんぶん首を振る。違う違う!この好きはそういう意味じゃないから!違うから!


「あー要先輩ずるいッスー。3つも食べる気ですか!」


首を振っているといつの間にかきり丸が要先輩の背中に抱きついて、要先輩の持っている皿を覗き込んでいた。


「…ッ…」


あれ、また。


「そんなわけないでしょー。はい、一個もらうから後は怪士丸と一個ずつ分けるんだよ?」


「やった!怪士丸、梅と鮭どっちが良いー?」


おにぎりの乗った皿を持って、ぱたぱた怪士丸の元に駆け寄るきり丸に苦笑しながら、要先輩はストンと僕の隣に腰を降ろした。


心臓が動く、


雷蔵先輩は中在家先輩と書庫にあった古本の処分について話していて、きり丸は鮭おにぎりを怪士丸とジャンケンしていて。


今なら、


今なら、要先輩は僕しか見ないでくれる。


「あの…」


「久作」


「は、はいっ!?」


まさか見透かされた!?びくびくしながら返事を返せば、要先輩は少し眉をさげて心配そうな表情をしていた。


「なにかあった?さっきから苦しそうだよ」


「えっ…」


「あ、もしかして書庫埃凄かったから、具合悪くなった?はい、お茶のんで!」


「え、あ、ありがとうございます…?」


渡されたお茶を受け取って、僕そんな表情してたかなぁと眉間のシワを伸ばした。


「久作、なにかあったならちょっと零すだけでも良いから、外に出すのが良いと思うよ。久作の周りにはそれを拾ってくれる人がたくさんいるじゃない」


「…」


「……とと、またつい口がお節介なことを。ああ、えーとね、つまり…」


「久作、要」


優しい声音で雷蔵先輩が僕たちの名前を呼んだ。みれば、雷蔵先輩の指差す先にきり丸と怪士丸が頭を寄せ合って眠っていた。


「もう夜遅いしね。僕と中在家先輩とで2人を部屋に運んでくるから、書庫の鍵しめておいてくれるかな?」


「あ、はい。わかりました。お皿を回収してきますね」


立ち上がってお皿を重ねる要先輩を手伝おうと腰を浮かせると、ぽんと雷蔵先輩の手が肩に乗った。


「久作、」


「へ?あ、は、はい?」


「なにか言いたいことがあるなら、素直に伝えないとそっち方面に鈍感な要は気がつかないと思うよ?」


「………え?」


「言えば答えてくれるよ。ね?中在家先輩」


「要、だから…きっと…」


「そーいうことです。じゃあお休み。書庫、よろしくね」


にこ、と笑顔を浮かべて、雷蔵先輩は怪士丸を、中在家先輩はきり丸を抱き上げると歩いて行ってしまった。


「え……え…?」


それってつまり、それってつまり、どういう?


「よし、と。じゃあお仕事頑張ってくださいね、小松田さん」


「うん、おやすみ要くん」


要先輩は、僕にとって憧れで、目が離せない人で。


"苦しそうだよ?"


要先輩のことで苦しくなるのはそれは、つまりそれは、


「要先輩…」


「ん?どうしたの、久作」


僕は


「僕、要先輩が好き、です…」


代わりはいない。代わりなんていない。きり丸に詰まらない嫉妬をしてしまうくらい。僕は、要先輩が好きなのだ。


ぐるぐるそう考えて、僕は今自分がとんでもないこと言ったことに我に帰った。


えっ…!待って!僕いま!次元を超越するようなことを…!


「…僕もだよ?」


「エ゛ッ!?」


「なんで僕が久作を嫌うのさ。僕の久作のこと、好きだよ」


「……………あ、ああ、はい…ありがとうございます…」



届くようで届かない
(ああもう…やきもきしますね!久作もなんでそこで引き下がるの!)(もそ…)(え?あ、ああそうですね。気になりますけど、はやく2人を運ばなきゃ…)



もたもたする久作にやきもきする雷蔵と長次でした。久作自身"好き"という気持ちはあるけれど、イマイチよくわかってない感じだと思います。

匿名様!素敵なリクエストありがとうございました!


ヤマネコ



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