07(2)
「それでさ?その電車では変なアナウンスが流れるんだ。"次は八つ裂きー八つ裂きですー"ってな感じで」
懐中電灯が絶妙な位置で三郎の顔を照らす。怪しくいやに艶美な三郎さんはコロコロと表情を変え、声音を変え、なんつうか…ずるい。すげぇ怖い!なんだよコレ!
「嫌な予感はするんだけど、女の体は電車のボックス席に座ったまま動けない。やがて2つ前に座っていた男に、こびとが群がりだした」
そして女は夢のなかとは思えない、とても現実的(リアリティ)な悲鳴を聞く。飛び散る血に切られる肉。文字通りの"八つ裂き"
「ああ駄目だって、このままこの夢を見続けては危ないと女は思った。でな?女にはある特技があったんだ」
強く願えば、自由に夢から覚められる。女はいつものように目を閉じて、強く強く願う。覚めろ、覚めろ、覚めろ、!
やがて目を開けるとそこには見慣れた天井があった。女はほっとしたが、もちろん話はそこで終わりじゃあなかった。
「次の日もな、女は同じ、電車の夢をみたんだよ」
八つ裂きにされた男の姿は見えなかった。が、またアナウンスが奇妙な停車駅を知らせる。
「次は、"火やぶりー火やぶりー"ってな。そしたら今度は自分の前の席に座っている女にこびとが群がった。そして、女に火を放ったんだ」
耳をつんざく熱さと痛みと恐怖と絶望を叫ぶ女の声。ああ、駄目だ。女はまた強く願う。覚めろ、覚めろ、覚めろ、!
「ど、どうなったの…?」
恐る恐る尋ねる彦ちゃんに三郎はパッと表情を屈託のない笑顔に変えて、「ちゃんと覚められたんだ」と笑う。
「でもそれで終わりじゃないですよね?」
「「えっ」」
冷静な庄ちゃんの声に私と彦ちゃんはビクッと肩を震わせる。私を彦ちゃんを抱きしめたまま三郎に身を乗り出した。
「え、終わりじゃないの?ハッピーエンドじゃないの?」
「ホラーにハッピーエンドを求めるんじゃねぇよ」
「えぇええっ!じゃ、じゃあ、女の人はまた同じ夢みるとかそういう…?」
「ああ、」
にやりと笑う三郎に頭がガンガン痛くなる。きゅっと彦ちゃんは身を固くしたので、落ち着かせようと軽く頭を撫でた。
「今まで前から順番に、だったよな?だから今度は、女の番だった」
次の停車駅は
「"えぐり出しーえぐり出しー"とアナウンスは告げた。視界にこっちに群がってくるこびとが見える。マズイ、マズイと女は焦った。もう自分の特技を信じるしかなかった」
強く強く願う。
覚めろ、覚めろ、覚めろ、
「ひやり、となにかが肌に当たる感覚を最後に、女にはなにも起こらなかった。恐る恐る目をあけると見慣れた天井。女は安心した。良かった、戻ってこれたってな」
ほ、としたように彦ちゃんと私の体から力が抜けた。そしてこのスカポンタンはそのタイミングを見計らい、口を開いた。
「女が安心して体を起こすと、ここは現実のはず、なのに、耳元であの声がした」
え?と思ったのつかの間。ふ、と私の耳元に誰かの吐息が掛かり、
「次は、逃がしませんよ、お客さん」
「いぎやぁあぁあぁあぁああああ゛」
「キャァアアッ!?」
女の私から人間とは思えない悲鳴、そして男の子の彦ちゃんから女の子みたいな悲鳴が上がった。
彦ちゃんを庇いながらもベッドから転がり落ちた私に、けらけらと笑い声が上がった。
「ちょっと…!想像以上!想像以上!あはははははは!!」
「勘ちゃあぁあぁん!?なに考えてんの死ねよぉおおぉ!!!」
「勘兄さん、いないと思ったら後ろに居たんですか」
「…庄ちゃんたら冷静ね。勘兄ちゃんちょっと傷ついた」
「っ…っ…!よ、よくやった…っ…勘右衛門っ…!」
口元を抑えながらぷるぷる震える三郎に、キッと視線を向ける。
「馬鹿だろ!!お前ら馬鹿だろ!!これだからお前ら2人が組むイベントは嫌なんだよ!!」
「いやー良かった。すげぇ良かった。これだけ驚いてくれると話しがいがある」
「ねー!これだから要ちゃんはすきー」
「要らねぇよお前らの好意なんか。あーもぅ大丈夫?彦…ちゃぁあぁん!?」
私の腕のなかの彦ちゃんはぐったりと気を失っていた。あぁああとパニックに陥る私を勘ちゃんと三郎が慌てて宥める。
「おち、落ち着けって要!寝てるだけだから!」
「寝てねぇよ!気を失ってんだよ!」
「大丈夫!息はしてるよ!」
「やらかしやがった当の本人がいけしゃあしゃあとしてんじゃねぇよ!」
「びっくりしちゃったんだね、彦」
私の布団に寝かせた彦ちゃんを庄ちゃんがゆるゆると撫でる。可愛い…じゃなくて、微笑ましい…とそれどころではなくて。
「制裁!」
「いだっ!?」
「ってぇ!」
「次は無いぞお前ら…」
2人の後頭部に制裁(という名の教育)を加えて、彦ちゃんに布団をかけると部屋を出る。
「要ちゃん要ちゃん彦四郎どーするの?」
「あのまま寝かせるわよ、可哀想だし。あー喉乾いた…」
「あ、俺も飲む飲む」
「姉さん、僕もお布団一緒に入りたいです」
「いいよー枕もっといで」
ぱたぱた自分の部屋に枕を取りに行く庄ちゃんに、俺らにもジュース入れろとうるさい高校生2人の頭をひっぱたいて冷蔵庫を開けた。
「ん…?」
じゃり、と足に変な感触を感じて視線を落とす。見ると、冷蔵庫のすぐ横で皿が割れていた。あー勿体無いと大きな破片を集めようと伸ばした手が、止まる。
「…」
ゆっくりと上に視線をやって食器棚を確認するが、食器棚の扉は開いていない。さっき私が夜ご飯を片づけて扉を閉めたのだから、開いているわけがない。
なら、どうして
混乱する頭にぞわ、と全身に悪寒が駆け抜けていく。いけないと本能でわかっていたのに、私はふ、と顔を横に向けてしまった。
「ふふ」
小さな女の子が私のすぐ横に立っていた。
「おさら、割っちゃって、ごめんなさい」
くすくすと楽しそうに笑って、女の子はスーッと消えた。文字通り、空気に溶け込むように、当たり前みたいに"スーッと"
「…」
「要、俺りんごジュースが……あ?なに固まってんの?」
「要ちゃーん?」
「か、勘ちゃん…」
「ん?」
「私とお風呂に入る気はありませんか」
「はぁ!?なに言っ「いーよー」 よくねぇよ!了解すんな!」
「できればあのしばらく一緒に寝てください片時も私から離れないでくださいまじ勘ちゃん愛してるからまじ」
「いーよー」
「おい待ておかしいだろ!なにがあったんだよ!」
学級委員長委員会を養い隊!
(ぜっったい居てよ!?確認するからね私がお風呂上がるまで寝ないでね!)(あー分かった分かった、はやく行ってこい)(俺らはここで待ってるよ)(絶対な!絶対だから!)((はいはいはい))
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