ダウンバースト
※血表現、ゲス注意
ぽつりぽつりと、鼓膜の上をタンバリンのように音が跳ねる。
あれ?
僕はどうしたんだっけ?
誰かが僕の名前を呼ぶ。
あれ?
僕はなにをしていたんだっけ?
「要っ……!」
「……?」
三之助?
鈍く目を開けると同時に、後頭部に鋭く激痛が走る。思わず声をもらし表情を歪めると、そんな僕を心配する声が飛んだ。
「要先輩っ」
「しろべ……」
「おーう起きたかお嬢ちゃん?」
ゲラゲラと品のない笑い声が上がった。そちらに意識を向けようとしても、体がうまく動かない。腕を背中でまとめられ縛られている。
「きんご、くん、は」
「っ…」
ぼやけた視界のなかで、三之助が呻くのが聞こえた。金吾くん。金吾くんは?金吾くんはどこに。
徐々に取り戻されていく視界の空はもうほとんど暗く、焚き火に照らされてぐったりとした金吾くんの姿が浮かび上がっていた。
「っ!金吾くん!」
「はーあ?ほんとに男かぁ?こいつ?」
「いっ、」
金吾くんに駆け寄りたくて起き上がろうとしたが力が入らない。近くにいた男が無遠慮に僕の髪をつかんで上体を起こさせる。
「は、」
「おーっ!頭ぁ!見てくださいよこいつ!本当にお嬢ちゃんだぜ」
「……ぁ」
待って。待って待って待ってくれ。状況が全く理解できない。この人たちは誰?金吾くんはどうして倒れている?三之助たちはどうして捕まって……
「っ!?」
ぐいっと腕を引かれ、無理やり立たされた。猫でも扱うように引きずられ、髭面の大男の前に放られる。
「うあっ……」
「ほーお。いいねぇ、上玉だ」
「っ……」
舐められるように視線を身体中に這わされて、得体の知れない気持ち悪さに背筋が震えた。どうにかしなくちゃと思うのに、思考がうまくまとまらない。
ただただわかるのは、このままではみんなこの男たち殺されてしまうであろうということ。
それだけは、
「お願い、します」
それだけは、駄目だ。
「あぁ?」
僕はどうなっても構わないから
「3人は、離してください」
「要!?」
「要先輩……!」
僕の言葉を裂くように、二人から同時に悲鳴が飛んだ。お願い。これしか方法がない。この人たちはきっと僕らを殺すから。
「僕が、っ、なんでもします、から」
「へーえ?」
「要!ふざけんな!やめろ!」
三之助が怒っている。四郎兵衛のすすり泣く声が僕の耳にまとわりつく。
「なんだぁ?お前が俺たち全員相手してくれんのか?」
ああそうか。
僕は殺されるよりよっぽど酷いことを、きっとされる。でも。
「っ…します、から。みんなは離して……!」
「くそっくそぉお!!お前ら要に手出してみろ!!俺がその汚い腕切り落としてやる!!」
完全に切れた三之助がめちゃくちゃに暴れだした。そんな三之助に四郎兵衛はただ泣きじゃくりながら名前を呼ぶ。
ごめんね、四郎兵衛。
頼りない先輩でごめんね。
「いいだろう」
くっ、と喉の奥に引っ掛かるように、大男が笑った。僕の腰を抱き寄せて、暴れる三之助に挑発するような視線を送る。
「そいつらはそうだなぁ、お前に相手してもらった後にでもお家に返してやろうかァ」
「っ……!?」
それ、はつまり。
「そん、な」
血の気が引いて真っ青になりながら震える僕に、大男はそれは楽しそうに笑う。
ああ、
「離せっ……!」
やだ、やだやだやだ。
三之助の吠えるような怒号が聞こえた。僕は強かに背中を打ち、そのまま取り押さえられる。夜の闇が目の前に疾走して、やがて涙で視界は歪んだ。
「いやだっ……離せ!離して!」
「おうおうさっきまでの威勢はどーしたぁ?力が入ってねぇぞぉ」
「あっ……」
忍び服の間に、男の手が滑り込む。いやだ、やめてやめて。どうして。どうして僕。僕は。逃げて、お願い逃げて。僕を。僕をたすけて。
「せん、ぱい」
七松先輩。
「七松先輩!!!」
※※※
むちゃくちゃに暴れても、どれだけの殺気を目の前の男たちにぶつけても、ただただ腕に縄が食い込んで血がにじむのがわかるだけで。
「要!要!!」
目の前にいるのに。俺が目の前にいるのに!助けられない、手さえ触れられない。要が大男に体を倒された。やめろ。やめろやめろやめろ!
「やめろぉ!!」
要が悲痛な悲鳴を上げる。四郎兵衛の息を飲む声が聞こえる。なんで俺はこんな縄ごとき、振り切ることができない。友達が目の前にいるのに、助けてやれない。
どうして俺には、力がない。
「、くそっ……くそ…!」
先輩なら
「七松先輩っ……」
七松先輩なら、
「七松先輩っ!!!」
※※※
音はなかった。
闇から急に現れたとしか言い様がなかった。
黒いそれは、目だけを鋭く光らせて、宙には腕が飛んだ。血飛沫が夜空に散りばめられた星々を赤黒く染める。
「え……?」
誰が発した疑問の声かわからない。ただ服の中から違和感が消え失せ、遅れて風が僕の髪をゆらした。
「あ……」
なにが、起こった?
「グアァァアァアッ!!!!!」
大男が熊のような断末魔をあげて、僕から飛び退く。その声に驚いて身を引くと、すでに黒いなにかは動いていた。
音もなく、鈍く光った刃物が振るわれる。もう一本の腕も宙を舞う。
「なにもんだてめえ!!!」
「斬れぇええ!!!」
周りの山賊たちが身のすくむような怒号と共に、刃物を手に取った。数が多い。やられてしまう。
「あっ……!」
声を出す間もなく。黒いなにかは両腕を体に巻きつけるようにひねり、それをほどく勢いに任せて鋭く回転した。血飛沫が踊る。悲鳴が転がる。
目の前の光景に目が離せない。
誰が見ても圧倒的だった。
やがて悲鳴も怒号も止んで、雲に覆われていた月が晴れ、その人から闇が払われていく。
「あ……」
返り血に濡れ、両手に苦無を持って、目が鋭く獣のようで。それは間違いなく、七松小平太先輩だった。
「七松先輩……」
返り血を浴びた横顔が、こちらを振り向く。そして、今までの殺戮が嘘のように七松先輩らしい笑みを浮かべた。
「おう要!無事か!」
ニカッといつもの七松先輩が太陽みたいに笑う。僕の頬をぼたぼたと止まっていた涙が伝った。
「な、ななまつせんぱ……!」
「ん?おー怖かったな!もう心配いらないぞ!みんな無事か!」
「七松先輩!」
「おー三之助!大丈夫そうだな!」
「せんぱぁいっ」
「四郎兵衛も元気そうだな!よーし、いけいけどんどんで忍術学園に帰るか!」
「七松先輩!」
どこから滝夜叉丸先輩の声と共に、銀色の円盤が飛んでくる。それは最後の力を振り絞って、倒れている金吾くんに手を出そうとしていた山賊の武器を弾いた。
「私を置いていかないでください!」
「あー悪い悪い。なんか加速ついちゃってなー。よっ」
武器を弾き飛ばされた上に、七松先輩から回し蹴りをくらって、山賊はとうとう動かなくなった。滝夜叉丸先輩が木から地に降りたって、金吾くんを抱き上げる。
「とにかくここを離れましょう」
「おう!腕出せみんなー縄を切ってやろう」
腕を拘束していた縄が切られたが、足がふらつく。泣くな、がんばれ僕。無理やり動かそうとすると、それを阻止するようにふわっと体が浮いた。
「わっ……」
「要ちょっと軽すぎないか?もっとたくさん食べないと私みたいになれないぞ!」
「な、七松先輩…?」
「怖かったな」
「…!あ、」
「でも大丈夫だ。まだ要は大丈夫。なんだかんだ何でもやれば出来る!な、鍛練に励め!三之助もだ!」
その言葉に下唇を噛んでいた三之助が、僕の手を握る。
「ごめん、要」
「ううん、ありがとう。僕こそ、ごめんね」
「やはり鍛練だなぁ!まだまだ修行が足りない!よし三之助は四郎兵衛を背負ってついてこい!忍術学園までいけいけどんどんだ!」
「ええっ」
「せんぱぁいっ!」
「うわっ」
ぎゅっと三之助の背中に四郎兵衛が引っ付く。三之助は諦めたように目を細めて、「うーす…」と返事をした。
「帰りましょう」
滝夜叉丸先輩の声に僕は頷く。いけいけどんどーんといてもの掛け声と一緒に、みんなで走り出す。
七松先輩に抱えられながら、僕はちらりと楽しげに声をあげる先輩を盗み見て頬がゆるんだ。いつも後輩を振り回すむちゃくちゃな先輩だけれど、僕らを助けてくれたときの先輩は、まさに"救世主"だった。
「かっこいいな、もう」
「ん?なんか言ったか?要」
「なんでもありません!僕も走ります、先輩!」
「おおそうか!よしっじゃあいくぞー!いけいけどんどーん!」
七松先輩に遅れをとらないよう必死に食らいつきながら、僕はかすめる血の匂いにそっと目を閉じる。
"忍び"になるということは、どういうことか。
ただがむしゃらに駆ける僕に、先輩はそれでいいと、焦るなと笑ってくれた。
※
七松小平太はかっこいいです。いいですか。七松小平太はかっこいいんです。
絶望的な状況も掛け声ひとつでぶっ飛ばす。どんなに追い詰められてもぶれない芯。とにかく、歪みねぇ!って人。そんな彼にこんなにはなりたくないとは思いながらも、憧れてしまう後輩たち。教えるなんて技術七松は持ってません。ついてこいです。たまりません。いいですか、再度言います。七松小平太は、かっこいいです。
※捕捉説明
ダウンバースト
→ダウンバースト(英語:downburst)とは気象現象の一つで、局地的・短時間に上空から吹く極端に強い下降気流である。下降噴流(かこうふんりゅう)ともいう。 Wikipediaより引用。
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