潜み風
七松先輩に突然の召集をかけられた体育委員会メンバー面々は、またか…という表情で現れたのと同時に僕の存在に目を丸めた。
真っ先に口をひらいたのは同級生の三之助だった。
「要じゃん。なにしてんのお前」
「拉致されました」
「はぁ?」
「よーしみんな!今日はいけいけどんどんで裏々山にマラソンにいくぞー!」
「今日"も"の間違いでしょう……」
滝夜叉丸先輩が疲れきった表情でそうつぶやいたが、七松先輩の耳には入らない。近くにいた僕の後ろを首を腕でさらい軽やかに走り出す。
「うわっわっわっ」
「心配するな要!きっとかっこいい忍者になれるぞ!」
「うわぁあもう嫌な結末しか待ってないのが目に見える発言ですね!」
「みんな続けー!!!」
呆れた表情でみんなパタパタと七松先輩の後ろに続く。そんなグダグダとした足取りで、裏々山マラソンはスタートしたのだった。
※※※
今日も今日とて、山賊たちは悪だった。昨夜山のふもとにある小さな村を襲い、たんまり食料や酒を奪ってきたので、山賊の親分もご満悦なのである。
「今夜は宴だ!」
その言葉にわぁわぁと仲間たちは喜びの声を上げた。踊り出すものまでいる。そりゃそうだ。小さな村にしてはたんまり蓄えてあった。宴をひらいても、しばらくは遊んで暮らすことができる。
「お前ら準備しろ!」
にやつく笑みを押さえ込もうとしない山賊の親分に、仲間たちは良い返事を返しながら笑っていた。
※※※
委員会レベルとは。
まぁ読んで字のごとく、委員会のレベルのことである。
誤解しないでほしいのだが、別に僕はこの委員会が楽だとかどうのこうのと言いたいわけではない。ただ委員会レベルという単語について説明したいだけだ。
委員会レベルとは。
僕に言わせれば、反動のことである。僕の所属する図書委員会が体育委員会よりレベルが低く、楽だということではなく。
"大変" "苦労" "仕事"
の種類がかなり異なるのだ。
もちろん図書委員会にも肉体労働はある。一度やってもらえばわかるが、書庫整理など並大抵のものでない。それも綻んでいる本があれば、修正しなければならないのだからとても大変だ。
細かい作業、書籍というものは積み重ねれば重い、それを運ぶ肉体労働、この本をどこに仕舞うのかと記憶力。夜中の本の修繕など、集中力と眠気との戦いだ。図書委員会は大変な仕事である。
そんな僕が、体育委員会の活動をすると、かなりの反動を受ける。
ご存知だろうか体育委員会の活動を。ひたすら、委員長が満足いくまで、走り続けるのである。
ひたすらにひたすらにひたすらに!走って走って走って走って転んで、走って走って走って走って登って、走って走って走って走り続ける!
終わりの見えないゴールに向かって!ひたすらにひたすらに!
「いけいけどんどーん!」
かなり前方を走る七松先輩の声が、山にこだまして聞こえた。残り体育委員会メンバーと僕はそれに力無く応える。
「昼下がりのランニングは気持ちがいいなーっ!」
「三之助ぼく……頭がたがたしてきた……」
「良いこと教えてやるよ要……このランニングになにも期待を持たないことだ」
「主に終わりとかです……」
「弱音は今のうちに吐きまくっておくと楽ですよ……」
四郎兵衛と金吾くんは屍のような目で僕にそうアドバイスをくれた。それに頷いて返し、また前方を見据える。がんばれ僕。負けるな僕。
「七松先輩!ここらで休憩にしましょう!」
滝夜叉丸先輩が七松先輩に飛びつき、彼を停止させた。走りながらの会話は困難とみての策だ。慣れている。
「えーもうちょっと先まで行こう」
「駄目です!後輩が倒れる前に休憩と給水を!」
「むー……じゃあ休憩!」
その言葉と同時にみんな一斉に地面に転がる。足が鉛のようだ。地面がひんやりして気持ちいい。
「あー」
「お疲れ要ー」
「ありがとー三之助ー」
「お前も災難なー」
「僕もなんでこうなったのかよく思い出せないー」
だらだらと会話していると、四郎兵衛が給水を回してくれた。起き上がってありがとうと微笑む。三之助は滝夜叉丸先輩の回した給水を飲ませてくださいと頼んで、蹴っ飛ばされていた。
「うーんそろそろ日もくれるかなぁ。折り返すかー夕食が取れなくなるしなー」
腰に手を置き、全く息の乱れていない七松先輩に思わず疑いの目を向けてしまう。この人本当に人間なんだろうか。
「折り返します?」
「ああ。おーいみんないけいけどんどんで折り返すぞー!」
うぇーとよくわからない返答を返す後輩をほれほれと七松先輩が起こす。四郎兵衛を抱き上げ、起こした瞬間に彼の耳をなにかの声がかすめた。
「?」
「わっ」
急に七松先輩が立ち上がったので、支えを失った四郎兵衛の体がコロンと七松先輩の足の間に転がった。
「七松先輩?」
僕の問いを七松先輩は唇に指をおいて遮る。なんだろうと思いながらもぱっと口を手で押さえた。
「なにかいるな。ずいぶん多い」
「?村人じゃないですか?」
滝夜叉丸先輩の言葉に七松先輩はんーと腕をくんで首をひねる。
「なんか違うな。ちょっと様子をみてくる!」
「あっ七松先輩!?」
金吾くんが止めるのも聞かず、七松先輩はひょいひょいと木の間をかいくぐって去ってしまった。
「一体どうしたんでしょう」
「うーん」
僕の傍らで四郎兵衛と三之助が仲良く首をかしげる。困った顔の滝夜叉丸先輩がとにかく七松先輩を待とうと、今のうちに体力を確保しなさいと僕たちに休憩の続きを促した。
なにかを予兆するように、夕焼けを侵食する黒い木々の葉がざわりざわりと気味悪くゆれていた。
※※※
木を切り出し、宴の場を作っていた山賊たちは大変に浮かれていた。最近イライラしていた山賊の親分がこうも上機嫌なのだから尚更だ。
「しっかし、最近の農村は結構たくわえてんだなぁ」
「この山のふたつ先にもちぃせぇ村あったよな」
「あったあった。あそこは良いぞ。若い娘が多い」
酒と食料を運びながらの会話に、山賊たちの間でおおっとどよめきが起きた。
「次はそこだな」
「最近ここは用心して人も通らなくなっちまったしな」
「おーいはやくしろって」
鍋を火にくべていた山賊の1人がだらだらと会話する仲間を叱咤した。悪い悪いと軽く詫び、材料を豪快に鍋に放り込む。
「よーしいいぜ」
「もう日も傾いてきたし、そろそろ始めっか!親分呼んできな!」
「おーう」
親分が座るであろう場所にむしろをひき、仲間が二人鍋を離れていった。
「ふーん、なるほどな」
もくもくと美味しそうな匂いをさせる鍋を取り囲み始める山賊たちを、木の上から観察する者がいた。緑の忍び服をまとった七松小平太その人である。
「こいつら山賊か……ふもとの村を襲った、と。悪いやつらめ、私がいけいけどんどんで……」
成敗してやろうと思ったが、は、と置いてきた後輩が脳裏をかすめた。金吾や四郎兵衛にはまだ危険だ。巻き込まれて怪我でもしたら大変である。
「……ま、こいつらは一晩中ここから動かないだろう」
それにまだ夕方。このままここに居て見つかるのもつまらんと、身を翻し夕日を含む木々に溶けるように消えた。
→
続きます。
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