母上?父上?

僕は特殊な人間です。


産まれてくる前から意識があり、そして記憶がありました。そして産まれて、僕の周りの環境が見えてきたころ。


この環境と僕のもつ記憶に矛盾が生じていることを知りました。


「(ここには、洋服がない。携帯電話がない。洗濯機も、ガスも、電気も)」


そして僕の記憶には無いものが、ここにはたくさんある。


「要ー」


「はい、母さん」


「悪いんだけど、風呂場を掃除してくれないかしら?母さん、お客様のところに行ってくるわ」


「わかりました」


僕の母さんと父さんは旅籠、わかりやすくいえば宿屋を営んでいて、僕はそこの1人息子。一ノ瀬 要という名前をもらっていた。


一ノ瀬 要。
驚いた。僕の記憶のなかの僕と同じ名前なんだから。


旅籠の名前がついた前掛けをかけ、袖をたくしあげて掃除に掛かった。"ブラシ"はあるんだよな…なぜか。もう突っ込まないことにしたけど。


「要さん、休憩していいって女将さんが」


「あ、昴(スバル)さんですか?すいません、湯気でよく見えなくて」


「昴ですよ。大丈夫ですか?俺、そっち行きましょうか?」


「へーきで、す!」


手探りでなんとか昴さんを探し当てて、着物を掴むとえへへと笑った。お茶いれましたから、と僕の手をひく昴さんは料理人である父さんのお弟子さんだ。


「要さん、そういえば寺子屋に行かれるそうですね」


「うん。父さんが昔通っていたところに興味があるんです」


「そうか…寂しくなりますね…うわっ!?」


なにもないのに、昴さんが足を取られた。僕はとっさにぐい、と昴さんの腕を引っ張っぱるが10歳の少年の力では14歳の昴さんを助けることもできず。つまり、どうにもならなかった。


「いてて…」


「もう、僕がいなくなったら昴さんのドジを助けられませんものね」


「…そうですよ」


なにやらふてくされたように言う昴さんはいわゆるドジっ子ってやつである。


「怪我ありませんか?」


「大丈夫です」


腰をさすりながら、いてて…とぼやく昴さんに僕はくすくすと笑って、行きましょうと手をひいた。


「その寺子屋、ちょっと特殊なんですってね」


そろばんや読み書きを教えるわけじゃないんでしょう?と昴さんが首をかしげる。


「はい。なんでも、忍者の学校らしいです」


「へぇ、忍者の?要さん忍者になるんですか?」


ぽかんとそう尋ねる昴さんに苦笑して、首を振る。


「父さんがこの旅籠を営もうと思ったきっかけが、その学校らしいんです。いろんな人間を見てこいって、父さんに言われて」


「…要さんが本当に10歳なのか、俺たまに疑っちゃいますよ」


「?」


「本当に、立派な息子さんで女将さんも旦那も俺も、鼻が高いです」


「えっ」


顔に熱が集まって、慌てて「父さんに言われたことをやるだけですから!」と否定するが、昴さんはにこにこと僕を見るだけだった。うーん恥ずかしい。


「頑張りましょうね。俺も要さんが次帰ってくるまでに、一品でも旦那に認めてもらえるよう頑張りますから!」


意気込む昴さんに微笑んで「はい」と返事を返した。


寺子屋。言うところの学校ってやつである。何日か前に、父さんから聞かされた忍術学園の話。


息が止まったのがわかった。忍術学園。僕の記憶にその単語が引っかかったからだ。


「お前もあそこに行って、いろんなものを見るといい。いろんなものに触れるといい」


その言葉になんだか胸が高鳴って、気がついたら「はい!」と元気よく返事をしてしまっていた。


記憶のなかでは、忍術学園はテレビの中での出来事。それが今目の前で、僕の世界に関わろうとしている。


楽しみだなぁと緩む頬に、僕は昴さんがいれてくれたお茶を口に含んだ。




10歳って室町ではなんて言うんでしょうか?うーん。

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