生物委員会反省会

「一平!虎若!」


無意識に声が鋭くなる。
びくっとその声に怯えたのは一平で、虎若は真っ青な顔で声を上げた。


「要先輩!」


「虎若、今の叫び声」


「要先輩!三治郎が!!」


一平が涙をぼろぼろ零しながら訴えた状況を聞いて、さああと胸に冷たいものが降りていく感覚を覚えた。


「三治郎!!」


崖の下を覗き込めば、ぐったりとした三治郎がなにかを抱きしめたまま宙吊りになっていた。


このままでは縄が緩む。


「虎若、一平!しっかり縄を持って、なにがあっても離すな!」


「「、はい!」」


弁当の包みの入った荷を下ろし、懐から縄を取り出して先端を鍵縄の金具に付け替える。反対側を自分の腰に巻き付け、近くの良さげな木に対峙した。


「要先輩、それ」


「最近、ご教授いただいたばっかりなんだけどね」


腰の辺りで縄を回し、投げつければ縄は木を回り、鍵縄の金具が木に深く刺さったのが確認できた。


「三治郎を離しちゃ駄目だよ」


ロッククライミングの要領で、僕はトンと地を蹴り崖の外へ身を投げ出した。



※※※

信じてる。
僕はみんなを信じてる。だからお願い。はやくジュンコを、ジュンコを助けて!


「孫次郎!!」


「!」


名前を呼ばれ顔を上げると、ガサガサと葉が揺れて竹谷が駆け寄った。孫次郎がすがるように叫ぶ。


「竹谷先輩!」


「こんなところにいたのか!どうした?こんな………あっジュンコ!?」


「か、カラスにっ……カラスに襲われたみたいなんですっ……出血が、っ、酷くて動かしたら駄目って」


「酷いな……ん、孫次郎、三治郎たちはどうした」


「三治郎がこの山に止血の薬草があるって……三人で探しに……」


「そうか……とにかく、ジュンコを運ぼう。俺が抱える」


「竹谷せんぱ……ジュンコ、助かりますよね?ぼく、ぼく、なにも出来なくてっ……」


どっどっと心臓が胸をついて喉をつかえさせた。ぼろぼろとこぼれ落ちる涙がジュンコを巻いている風呂敷をぬらし、竹谷はそんな後輩の頭に優しく手を置く。


「心配するな。ジュンコは絶対助かる。行こう孫次郎」


※※※



「ん、もう、ちょい」


左手で縄をつかみ、体重を崖のでっぱりに引っ掛けた両足で支える。


「要せんぱーい!」


「大丈夫!合図したら引き上げてね!」


声を張り上げ、力無くぶら下がっている三治郎に手を伸ばす。見れば、三治郎の手にはなにか草のようなものが握られていた。


「(…?なんだろう)」


首をひねり、あと少しと伸ばした右手が三治郎の小袖の端を掴んだ。しっかり掴み引き寄せる。


「よっし」


見たところ大きな外傷は無いようだ。三治郎をしっかり抱き、上を見上げて合図を送った。


「僕の縄を引っ張って!」


すぐにぐい、と縄が引かれる。三治郎を落とさないよう抱き直して、上へ出っ張りに足を掛けた。


「んーぎぃい……」


「頑張って!あと少し!」


虎若と一平に声を飛ばす。その瞬間、腕のなかの三治郎が身じろぎした。


「ん……あれ…」


「三治郎!」


「ほぇ……要先輩ぃっ……ぃいいぃ!?」


ちら、と下を見た三治郎が落ち着きを失った。あ、と思ったときにはもう遅く、三治郎が慌てたように暴れる。


「わ、あああ!」


「三治郎!落ち着いっ……!」


僕の片腕では暴れる三治郎を支えきれず、ずるりという嫌な感触が腕を伝った。


「え、あ、わあああああ!」


「三治郎!」


頭が真っ白になった。
気がつけば僕は、縄を持ち自分を支えていた左手と両足を離し、三治郎を捕まえるため身を投げ出していた。


「っ……!」


右手にびりびりと感触が瞬間的に流れ、三治郎を捕まえられたのだと知る。


でも


「えっ!?わあああ!」


「っ……!?」


僕と三治郎の体重、身を投げ出したことによる負荷の重さに力持ちとはいえ、一年生2人の腕が耐えられるわけがなかった。


落ちる!虎若と一平はそれでも縄にかじりつこうとした。しかし縄は上がるどころか引き摺られていく。


「っ……上がれよ!!」


「虎若!」


聞き覚えのある声が耳をかすめて、僕は無意識に名前を叫んでいた。


「孫兵!」


「えっ要!?お前たちなにして……」


「話は後ですよおお!引き上げて!!」


「あ、ああ!」


一平から怒鳴り声が飛んで、孫兵が慌てて縄を握った。僕も縄を掴んで体を支える。


「三治郎、下を見ないで」


「は、はい……」


「大丈夫、もうすぐみんなのところだよ。僕は絶対手を離さないから」


「要先輩……」


「よっし、掴んで」


三治郎を近くの出っ張りに引き寄せる。あと数十センチというところで、三治郎の腕を虎若が引っ張り上げた。


僕らは、地面に転がった。


「っあー……良かった…」


「怪我ないか三治郎!」


「へ、へいきだよ一平……ほ、ほら薬草も……」


「お前たち!」


孫兵の怒鳴り声にびくっと一年生の肩が跳ねた。


「なにしてた!あんな崖で、落ちたらひとたまりも無いぞ!?勝手に離れて……なにかあったらどうする!」


「ま、まあまあ孫兵。みんな無事だったんだし」


「お前もだ要!また考え無しに崖の下に降りたんだろう!僕が来なかったらみんな、っ、危なかったかもしれないんだぞ!」


「はい……あの、他にもっと方法を考えるべきでした……」


「孫兵!お前らも!」


ガサガサと葉が揺れて、泣いたのか目が真っ赤な孫次郎となにかを抱いた竹谷先輩が現れた。


「みんな…!薬草は…!」


「見つけた!もう大丈夫!」


孫次郎の言葉に三治郎が素早く反応して駆け寄った。竹谷先輩は理解したようにしゃがんで風呂敷を開ける。


「ジュンコ…!?」


「大丈夫です。今止血します」


薬草の茎をぱきりと割ると、なにかとろりとした液が流れ出た。ジュンコの体にそれを塗っていく。


「乱太郎が言って使い方はこんな感じだったと思うんですけど……」


「大丈夫だ三治郎。ちゃんと止血できてる」


「い、一体なにが……」


青ざめた表情の孫兵に、一平が鼻をすすりながら応えた。


「ジュンコ、カラスに襲われたんです……それで止血の、薬草を……」


「あんな崖から……なんで」


「なんでじゃないですよ!」


ぽつりと零した孫兵の言葉に、虎若が噛みつくように叫ぶ。


「なんでじゃないです!僕たちは生物委員会です!怪我してる生き物がいたら、治療するのは当たり前ですよ!それが」


ずっ、と鼻をすすって虎若はジュンコの側にしゃがみ込んだ。


「先輩の大事な友達なら、尚更」


「虎若……」


「竹谷先輩、もうジュンコ大丈夫なんですよね……?またなにか薬草探した方がいいですか……?」


「心配するな孫次郎。血も止まったし、あとは安静にしていれば大丈夫。みんな、よく頑張ったな」


に、と竹谷先輩が笑った。


「偉いぞ、生物委員会」


そこでふっと緊張感が解けたのか、一年生たちはうわああと泣き出してしまった。


「良かったぁあぁ」


「しんじゃうかと思っ……うえええん」


「怖かったあぁああ」


「うああああ」


「ごめん、」


ぽつり、と泣き声の大合唱のなかで孫兵まで涙を溜めながら、静かに零す。


「すまない、怒鳴って、……ありがとう。お前たちのおかげだ」


その言葉に更に泣き出した一年生たちが、孫兵に飛びつく。僕は苦笑にしながら、腰に巻いていた縄を解いた。


「一件落着だな、と。そういえば要はどうしたんだ?こんなとこで」


「あー……っと」


僕は苦笑し頬を掻きながら、縄を懐に仕舞う。


「なんていうか、ちょっとお弁当を届けに」



生物委員会反省会
(ジュンコは肌身離さず、常に視界に入れておくべし)



生物書けて満足

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