生物委員会捜索隊

その絶叫の声を上げたのは、伊賀崎孫兵だった。孫兵の一番近くにいた虎若が目をぱちくりさせて尋ねる。


「い、伊賀崎孫兵先輩?どうかしました?」


「ジュンコがいない!!!」


ええええっ!?と生物委員会全員に絶叫が伝染する。一平が身振り手振りで首を指差した。


「で、でも伊賀崎先輩!首にジュンコ巻きつけてたじゃないですか?」


「たしかに巻きつけてたんだ!巻きつけてたのに!」


どこかにジュンコを置いてきてしまっただろうか、少し休憩を取ったあの時?転んだ虎若を助け起こしたあの時?


ジュンコがどこかで泣いてるかもしれない!


ぐるぐる回る不安が孫兵の足を動かした。わたわたと探しに走り出そうとする孫兵の首根っこを竹谷が慌てて捕まえる。


「待て待て孫兵!落ち着けって!みんなで探すぞ!手分けしよう。遠くまでいくな、あんまり離れるなよ!声が聞こえる範囲までだ!」


竹谷の慣れた指示にはい!と返事をして、慣れた動きで全員がぱっ、と散り散りに別れた。ジュンコの名前を呼びながら草をかき分け、木を見上げる。


「ジュンコー!」


いつもなら要先輩がちゃちゃっと見つけてくれるのになぁ。


三治郎はそんなことを考えながらため息をつく。何故か探し物が上手い一ノ瀬要は、いつも生物委員会に手を貸してくれるお節介な三年生である。


「うーん……」


山は色づいてきていて、その色に体の色が近いジュンコは見つけにくいかもしれない。


そう遠くに行ってないといいなぁ。三治郎は足を動かし、ぱたぱたと山の奥に歩を進めた。


背中から竹谷や孫兵の声が遠ざかっているのに、気がつかないままに。


「…………あれ?」


初島孫次郎は、視界にどんどん山の奥に入っていく夢前三治郎の背中を捕らえていた。


「え…?あ、三治郎、どこまで行っちゃうの…?」


不安になってキョロキョロと辺りを見渡せば、伊賀崎孫兵と竹谷八左ヱ門の声はすぐ近くで聞こえる。報告した方がいいだろうか。


「ジュンコー!!どこにいるんだジュンコー!!!」


「……っ」


耳に飛び込んだのは、孫兵の悲痛な叫び声だった。駄目だ。僕が出来ることなら、僕がしなきゃ!


孫次郎は踵を返し、三治郎の背中を追いかけ始めた。


「…?孫次郎?」


そしてその様子を見ていたのは、佐武虎若だった。不安そうな表情でどこかに走っていく。


「もしかしたら、ジュンコを見つけたのかも!」


「あ、こら虎若!どこ行くんだよ!」


「孫次郎があっちに走っていったんだ!もしかしたらジュンコが見つかったのかも、行こう一平!」


「えっ!?でも……」


「はやく!見失うだろ!」


虎若は先輩の声を探す一平の手を強引に引いて、走り出した。それぞれがそれぞれの背中を追いかけながら。


※※※


いたい、いたい、
いたいところがあつくて


ぼやけて、くるしい。


あの子の首からいつものようにするりと抜け出して、私は、なにに攻撃されたの?


いたい、あつい、くるしい


「ジュンコ!!!」


これはあの子の声じゃない。そして、お節介なあの子の声でもない。


4人の小さな子供たちが私を取り囲む。そして、みんな顔歪めて私のそばに膝をついた。


「ジュンコ!!大丈夫!?」



※※※


「三治郎っ……待ってよぉ……!」


「!あれ、孫次郎?」


ようやく三治郎の後ろに追いついた孫次郎が荒い息を整える。


「どうしたの?手分けして探すんじゃ……」


「三治郎、竹谷先輩たちから、離れていくからぁ……慌てて追いかけたんだよぅ……」


「え、嘘」


「おーい!三治郎!孫次郎!」


やっと孫次郎の息が整ったところで今度は虎若と、虎若に手をひかれた一平が到着した。


「あれ…?どうしたの虎若、一平まで……」


「え?孫次郎、ジュンコを見つけたんじゃないの?」


「ううん、僕、先輩から離れてく三治郎を追っかけて……」


「なんだよ!違うじゃないか!」


一平が虎若を非難するが、まぁまぁと三治郎がいつものように場を納める。


「とりあえず竹谷先輩たちのところへ戻ろうよ。離れちゃったのは僕なんだけどさ」


てへへと笑う三治郎の言葉にみんなで頷いて、踵を返そうとした瞬間だった。カァカァとなにやら騒いでいる声が耳に届く。


「?なんだろう…」


「行ってみる?」


「え、おい竹谷先輩たちのところに戻るんだろ!虎若!三治郎!」


「行こう一平……なんか嫌な予感がするんだ……」


「孫次郎…?」


青白い顔をさらに青白くした孫次郎をみた一平は、顔を歪めながらも仕方なく走り出してしまった2人の後を追うことにした。


「虎若ぁ!三治郎!待てよ!」


「なにかいたのー……?」


虎若は振り向いたが三治郎は振り向かなかった。真剣な表情で草むらを探っている。


「あ、!」


やがて草むらから見慣れ、探していた蛇が姿を現した。


「ジュンコ!!!」


カラスが騒いでいたのはジュンコがいたからだったんだ、と理由が瞬時に三治郎のなかで結びつく。虎若たちも真っ青な表情とジュンコを取り囲んだ。


「ジュンコ!!大丈夫?」


いつも控えめな孫次郎から悲痛な叫び声が上がり、みんな顔を歪めた。


体中、傷だらけでボロボロだった。ところどころ血が滲み、ジュンコも表情を歪めているように見える。


「どうしよう……ねぇ、ジュンコが!!」


「落ち着け孫次郎!」


「虎若……」


「竹谷先輩たちにはやく知せよう!はやく処置、すれば!」


一平の声にみんな頷いた。が、竹谷と孫兵の声はどこからも聞こえなかった。


「どこに行ったんだろう、先輩たち」


苛立った三治郎の声に「探しに行こう」と虎若が立ち上がる。孫次郎はとっさに背にくくり、結んでいた風呂敷を解いて中のものを一平に預けた。


「これでジュンコを運ぶから……僕の荷物、入りそう?一平」


「大きめの風呂敷で来たから平気!」


「行こう!」


三治郎が先頭を切って走り出した。4人で竹谷と孫兵の名前を叫びながら走る。


孫次郎はジュンコの体をいたわるように優しく抱きしめ、じわりと浮かんだ涙を懸命に払った。


ジュンコ、ジュンコ、はやく孫兵先輩に。お願い、ジュンコを。


「!待って!!!」


「!?」


自分がこんなに大きな声を出せたことに驚く。前の3人もびっくりして立ち止まった。


「どうした!?」


「三治郎、ジュンコの出血が、!このまま動かしたら!」


孫次郎はしゃがみ込んで、ジュンコを包む風呂敷を震える手で開く。ところどころ血で風呂敷はぐっしょり濡れていた。


「どうしよう、」


気を引き締めていた三治郎がぽつりと絶望のつぶやきをこぼした。そのつぶやきに引きずられるように虎若が孫次郎の側にへたり込む。


「竹谷先輩たちっ……どこにいるんだよ!」


「応急処置!応急処置できないかな!誰かなにか、処置できるもの」


「待てよ三治郎。傷が深い、まず血を止めなきゃ……」


「一平なにか持ってるの?」


孫次郎がすがるような視線で見上げたが、一平は口を結んで首を振った。


全員が沈黙する。
このままでは、ジュンコが。


4人の頭を嫌な考えが駆け巡っていく。やがてまた三治郎がぽつりとつぶやいた。


「どうしよう、」



続きます。

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