生物委員会探検隊
「遠足?」
宿題をしながらなにやら楽しげになにかを準備する孫兵の話を聞く。孫兵はいつものようにジュンコを首に巻きつけ、風呂敷を広げていた。
「あぁ、生物委員会でな。竹谷先輩が企画して下さったんだ。久しぶりにジュンコと遠出が出来る」
うきうきと声を弾ませる孫兵に、僕は苦笑をこぼして孫兵の首に巻きつくジュンコの頭を撫でた。
「良かったねジュンコ、勝手にどこかに行ったりしたら駄目だよ」
シャアア
ちゃんとお返事が出来るジュンコをもうひと撫ですると、持ち物確認をしていた孫兵の手が止まった。
「あ、おばちゃんにお弁当を作っていただけるよう頼みに行かなくちゃいけないんだった」
「ああ、じゃあ僕が行ってくるよ。忘れ物しないように孫兵は準備して」
「悪い」
「いえいえ」
筆を置いて立ち上がる僕に、孫兵は緩む頬を押さえないままに僕に詫びを入れた。
「楽しみだなぁ。なぁジュンコ」
※※※
「よーっし!番号!」
木々も深い山のなか。
五年ろ組生物委員長である竹谷八左ヱ門は、わくわくと胸を踊らせる後輩たちに号令をかけた。
「いち!」
「にぃ…」
「さーん!」
竹谷の後ろを歩いていた一年たちが、い、ろ、は、の順に号令に従い
「アルカリー!」
と三治郎が当たり前のように意気揚々とボケをかましてみんなが一斉につまづく。ただ1人、虎若だけはケラケラ笑っていたが。
「なんだよ三治郎!アルカリって!?三の次もわかんなくなったのか!?」
ものすごい剣幕でまくし立てる一平に、虎若と三治郎は待ってましたと目を輝かせながら説明する。
「よく考えてみなよ一平!」
「酸(三)ときたら……」
「アルカリか!!」
パッと反応したのは竹谷で、は組2人は「正解でーす」と喜んだ。
「まぁ考えたのは僕らじゃないんですけどねー」
「なかなか高度なギャグだよな、三治郎」
「ねー」
「お前たち、いつもそんなことしてるのかよ」
呆れ顔の一平に三治郎はケラケラ笑いながら「まぁねー」と返答する。孫次郎はそのやりとりを見ながらクスクスと笑っていた。
「竹谷先輩!今日はどこまで行くんですか?」
ぱっ、と虎若が手をあげると竹谷は笑顔を浮かべて山の奥を指差す。
「今日は頂上を目指すぞ!頂上についたらお弁当。お弁当食べたらキノコ狩りにしよう」
わぁあっと歓声が上がった。喜んでくれて良かった、と胸を撫で下ろす竹谷にすかさず一番後ろを歩いていた孫兵が付け足す。
「キノコ狩りの際は、キノコを必ず僕か竹谷先輩に見せて確認すること。毒キノコなんかもたくさんあるからな」
「「「「はーい」」」」
「この機会に、食べられるキノコと食べられないキノコを覚えていくといいぞ」
「そうだな、孫兵の言うとおり」
その言葉に真面目が一平はしっかり反応して返事した。着々と進む足に、一年生たちが歌い出す。
色付き始めた葉をつけた木々のなかを、その楽しげな歌声が弾むように飛んでいく。和やかな雰囲気で時々笑いを挟みながら。
しかし、唐突な叫び声がそれを引き裂いた。
「あぁあああぁあ!?」
※※※
「……?」
六年ろ組、中在家長次は食堂に置いてある笹の葉の包みを手に持ち、首をかしげていた。朝食を傍らに置き、包みを覗けば中に入っているのは握り飯のようだ。
これは、誰のものだろう?
「あれ?中在家先輩」
「!要?」
聞き覚えのある声に振り返れば、可愛がっている後輩がひょこひょこと食堂に入ってくる。
「おはようございます。今から朝ご飯ですか?」
「ああ、おはよう……」
自然な動作で右手が要の頭を撫でる。私の動作は慣れたものだが、要はきゅと口を結んで照れくさそうにしていた。
「もう、食べたのか……」
「あ、いえ。僕もまだです。少しはやく起きてしまったので、早めに食べようかと」
「一緒に」
「はい!お隣……あれ?中在家先輩、その包みは?」
「……誰かの忘れもののようだ……」
「忘れもの…?」
なにやら思案するように手を顎にあて、眉にシワを寄せる。ああ、眉間をつつきたくなってしまう。
シワを寄せるのはよくない。
「……あぁああ!」
やがてなにかに思い当たったようで、大声を上げるとわたわたを慌てながら私を見上げる。
「な、中在家先輩すみません!その包み僕にいただけないでしょうか!?心当たりが!」
「心当たり……?」
「はい!走って行って渡してきます!」
要の剣幕に気圧されながらも包みを渡すと、ありがとうございます!と頭を下げて踵を返そうとする。
「(……あ)」
その腕を、思わず掴んでしまった。
「?中在家先輩?」
きょとんとこちらを見上げる要に、私はすかさず手元の定食から漬け物をつまんで要の口につっこむ。
「…っむぐ!?」
「なにか、食べていかないと……走れないだろう」
「ふぁ…ふぁいあとうふぉふぁいふぁす…?」
ありがとうございますと言ったらしい。要はまたぺこっと頭をさげると、ぱたぱたと食堂から走り去っていった。
「いつも走っている……」
いつか倒れてしまわないか、躓いて起き上がれなくなってしまうのではないか、ただただそれだけが心配だ。
きり丸も、怪士丸も、久作も、雷蔵も、要も、口には出さないけれど心配で、思わず手を出しそうになる自分を押さえ込む。
起き上がることを覚えなければ、立ち上がることを覚えなければ、あの子たちは、すぐ忍の闇に飲み込まれてしまう。
「………いただきます」
手をゆっくり合わせ、静かに漬け物を口に運ぶ。
最後にはきっと、思わず背中を支えてしまうんだろうとそんなことを考えながら。
→
続きます。
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