きみがいなければ

「孫兵、そんなに思い詰めない方が良いよ。これは誰のせいでもないんだから」


伊作先輩が僕の隣に座って語りかける。すうすうと眠る要の横顔を見つめながら、僕はどの返答が正しいのだろうとぼんやり考えた。


「……でも」


「要が起きて、孫兵がそんなだったら要もしょんぼりしちゃうよ?」


「……」


「ね?」


だって、これは、僕のせいじゃないのか?僕が要の好意を受け取らないでいたら、要は怪我をせずに済んだかもしれないのに。


「要は……いつもいつも、たくさん無理をします」


「うん」


「その人が幸せになるなら、喜んで身を投げ出して、ってそういう奴です」


「そうだね」


「僕は、それに、救われてきたし、要のその性格は嫌いじゃない」


でも、
もしかしたら


「でも、その性格のせいで、要が急にいなくなってしまうんじゃないかって」


それでもきっと、要は笑顔を絶やさずに逝くのだろうと。


「わかってます、忍者はそういうものだって、明日生きられるかもわからない世界だって」


僕はなにを言っているんだろう。わからない。でも、今日、血を流してぐったりとしている要を見て僕は、


ひやり、とした。


「でも、でも、」


いつか僕らは離れ離れになってしまうのだろうか、とたまに考えることがある。


お互いに決めた道を、きっとあの2人は迷いながら、あいつは迷子を追いながら、あいつはきっちりと、あいつは穴に落ちながら。こいつは、あちこち手助け寄り道しながら歩むのだろう。


それなら良い。
でも、もし、"死に別れ"だったら?


「こんなこと、考えたくない、のに、!」


「孫兵」


「……!」


優しく手を握られて、僕は我を取り戻した。咄嗟にすみませんと謝ろうとすると、伊作先輩の柔らかい声がそれを阻む。


「とても、とても難しい問題だよ。先生方でも、六年生でも、その答えを出すのはすごくすごく難しい」


「……」


「でも怯えないで、孫兵」


ふわりと伊作先輩が微笑んだのが雰囲気でわかった。顔上げなかったのは目に溜まった涙が流れてしまうのが怖かったからだ。


「怯えないで。見失わないで。君にはみんながいるってこと」


「……ん、」


小さく呻いたその声に、僕は涙を拭うことも忘れて身を乗り出した。


「要!大丈夫か!」


「……ここ…?」


「医務室だよ。無理に起き上がらなくて良いからね。いま水を持ってくるから」


立ち上がって部屋を出る伊作先輩を、ぼんやりとした視線で追う要に僕はひとまず安堵の息を吐いた。


「…ぁ、孫、兵…」


「どうした?どこか痛いか?」


「ぅさぎ…無事だった…?」


力無く笑う要に、胸になにかを突き立てられる感覚に陥った。


「ばか!!!」


「あ、は、それ竹谷、先輩に、も……」


「お前怪我して気絶してたんだぞ!、僕の、せいで!」


「なに言って、るのー…馬鹿だ、なぁ…孫兵は…」


へへへ、と小さく笑い声を上げて、ゆるゆると要が首を振った。


「だれの、せいでもないよ」


"これは誰のせいでもないんだから"


僕は要のこの性格は嫌いじゃない。僕を何度も何度も助けてくれる要が僕は嫌いじゃない。


ねぇ、わかった。
僕が一体なにをしたいのか。なにに苦しんでいるのか。


「僕は、要がいないと駄目みたいだ。なかなか、ジュンコ、見つからないし」


僕も、要の支えになりたい。


「要は……」


僕がいなくても、平気か?


「ううん、」


要は弱々しく僕の手を掴んで、震える声で応えた。


「僕も、孫兵がいないと駄目だ。だから、たすけ、て、孫兵」


「助ける。要になにがあっても、僕は、僕だけは、要を見捨てたりしない」


「うん…うん…孫兵……」


そして要は、泣いてるような笑っているような、そんな表情で


「僕、あっちには、戻りたくないよ……」


きみがいなければ
その言葉の意味を、僕はまだ知るわけもなく




天女篇の伏線を引くだけの簡単なお仕事。

甘えない、寄りかからない要くんに孫兵はどこか焦りのようなものを感じているのだと思います。

伏線たくさん引いてますが、天女篇はまだ入りません。すみません。まだ書きたい話が……

次ページしょーもなオマケ。

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