ちょっとの

※※※

それからというもの。僕は警戒するあまりか、露骨に鉢屋先輩を避けるようになってしまった。声をかけられても、曖昧に頷いて逃げてしまう。


「すみません、用があるので失礼します」


もう慣れてしまった言い訳を繰り返す。


全く、鉢屋先輩もこれで懲りたらいいんだよ。


と考えていたのだけど。その言い訳を使うたび、鉢屋先輩の悲しそうな表情を見るたび、気持ちがしゅるしゅる萎んでいるのはわかっていた。


「…今は、掃除掃除」


もやもやする頭を振り払って、素早くザッザッと竹箒を動かす。もやつく胸になんとなくやるせない気持ちになりながら、僕はため息をついて地面を掃く手を止めた。


「しかしこの数日、見事な無視っぷりだな。鉢屋先輩、この間しくしくとか言いながら今福彦四郎の背中に引っ付いてたぞ」


「…」


「もう許してるんだろ、要」


チリトリを構えながら膝に肘をおいて頬を預ける孫兵に、僕は箒を抱いたままちらりと視線を向ける。


「ほんとは、もっと前から許してたよ…」


「お前、わりと意地っ張りなんだよな」


「なんか、言い辛くなっちゃってさ…」


はぁあ、と箒を持ったまま孫兵の向かいにしゃがみ込む。孫兵は首に巻きついたジュンコを撫でながら、素知らぬ顔だ。


「僕なんでここまで意地張っちゃったんだろー…馬鹿だよなー…んー…」


「鉢屋先輩は…」


素知らぬ顔のまま、孫兵は僕の方を見ずにぽつりと告げた。


「鉢屋先輩の前では、要は我が儘が言えるのかもな」


「え?」


「鉢屋先輩の前だと、子供みたいだぞ、お前」


「えっ……それってどうなの……?」


「さぁ、」


「そんなこと言ったら孫兵だって竹谷先輩の前だと楽しそうじゃんか」


「冗談はやめろ」


「冗談じゃないよ。竹谷先輩、生き物を本当に大事なさるもんね」


「…」


「…」


「まぁ」


立ち上がってチリトリを置き直す孫兵。ジュンコがしゅるり、とチリトリの手元を覗き込むように動く。


「尊敬してない…って言ったら、嘘にはなるよな」


うつむいて表情を隠してるけれど、孫兵を見上げている僕は見えてしまった。


それを見て、さぁあっともやもやが晴れていくのがわかる。僕は竹箒を抱きしめながら、笑顔を孫兵に向けた。


「そうだよね!」


しゅるり、とジュンコが頷いたように見えた。僕は早く掃除を終わらせて、鉢屋先輩に謝りにいこうと竹箒を動かした。


「よし、僕ゴミを捨ててくるね」


「ああ、じゃあ箒は僕が返しておく。先生に報告済ませるから、職員室にいるぞ」


「わかった」


孫兵に箒をあずけて、僕はチリトリを持って裏口のゴミ捨て場に走った。


「三郎っ…もうすぐだから、」


「?」


ゴミ捨て場にチリトリを下ろした僕の耳に届いた聞き覚えのある声。僕が振り向いたのと、裏口の戸が開くのは同時だった。


「雷蔵先輩…?」


「、!要…!」


はっと息を飲んで僕を見つめる雷蔵先輩は、ところどころが赤く。赤く赤く赤く赤く、染まっていた。


「…は、」


そして、気がつく。
雷蔵先輩が肩を貸しているその人が。


「鉢、屋、先輩…?」


傷だらけの鉢屋三郎先輩だと。


「要、」


とんと背中で軽く音がして、視界が藍色に染まった。声で尾浜先輩だと判断する。


「大丈夫だから、落ち着け。要。息吸って?」


「…ッ…尾、浜ッ先輩…」


「雷蔵、三郎を医務室に運んで。ここは俺がついてるから。兵助とハチが先生を呼んでくれてるはずだ」


「ごめん、勘右衛門」


雷蔵先輩の焦ったような声に、思わずそちらに視線を向ける。鉢屋先輩の顔はよく見えず、ただところどころの赤だけが僕の目に焼き付く。


「…は、ちや…先輩…は」


「今日ね、五年生は戦場で実習だったんだ」


「…」


「三郎ってば、ちょっとヘマしちゃったんだよ。ちょっとだけね」


僕の…せい?


僕が鉢屋先輩に生意気な態度…傷付けるようなこと言ったり、避けたり、したから?


「…ッ…」


僕が、僕が、!


「だからね、要のせいじゃないよ」


「…!」


ぽん、と背中をたたかれて、出掛かった涙を飲み込む。ずずんと重かった頭が、すーっと軽くなって、僕はゆっくり尾浜先輩を見上げた。


「ちょっとヘマしちゃっただけ。まぁ、ヘマっていうか不幸な偶然が重なっちゃっただけだよ。傷はそうでもないんだけど、出血がひどくてね。意識を失ってるだけだから」


「…尾浜先輩」


「ん?」


「治療が終わったらで…良いので…」


側にいたい。


「鉢屋先輩が目覚めるまで、側で待っていても良いですか…?」


「…ん。新野先生に許可取んないとだけど」


ぽすんと頭に手が乗って、尾浜先輩は僕に目線を合わせるとにぱっと笑った。


「三郎も喜ぶと思うから、そーしてあげて」



※※※

しと、しと、


誰かが泣いてる。体は動かない。頭は真っ白だし、考えるのも億劫だ。


しと、しと、


ああ、なにをそんなに泣いてるんだよ。なにがそんなに悲しいんだ?


しと、しと、


泣くな、泣くなよ。
泣かれると困る。泣き顔は好きじゃない。だって、お前は絶対絶対、笑っていた方が良いんだから。


「要…ごめん、な…」













そっと、医務室の扉を開ける。新野先生は水を取り返えてくるから、と出て行ってしまった。なんとなく、気を使って下さったのかもしれない。


「鉢屋先輩…」


答えが返ってこないのはわかっていたけれど、そっと名前を呼ぶ。叱れた布団に、雷蔵先輩の茶色の髪の毛が見えた。


「さすが、変装名人ですね、」


こんなときまで、変装を解かないなんて。


布団の横にすとんと腰を下ろして、正座する。静かに眠っている鉢屋先輩にもう血の跡は無く、清潔な包帯が巻かれていて僕を安心させた。


出血は、大丈夫みたい。


「…鉢屋先輩」


ごめんなさい、ごめんなさい、何回だって謝りますから。


「はやく、目、覚めないかな、ぁ…」


ぽたぽた、と膝に置いた拳に雫が落ちる。大丈夫だって、命に別状はないって、聞いている。聞いているけれど。


声が聞きたい。
謝りたい。ごめんなさいって、もう怒ってませんって。


「…ごめんなさい、僕はもう怒ってませんから…」


しと、しと、


「ちょっと、びっくりしたけど…」


しと、しと、


「本当にちょっとだけ、です、し…」


しと、しと、


「もう、避けたりしません…から…」


だから


「はやく、また僕をからかって下さいよ…」


ぎゅう、と目と拳を握って。消え入るような、絶対に届かないような声で、小さく漏らす。


「…ぅ…」


「!」


ただ、目の前の人に届けば、


「…ン…要…」


僕はそれでいい。


「要…ごめん、な…」


「鉢屋先輩!あ、あ、あ、だ、大丈夫ですか!?痛みますか!?に、新野先生を!」


「いい」


かすれているが、しっかり意志を持った声に、僕は浮かせた腰を戻して鉢屋先輩を覗き込む。


「ここ…」


「忍術学園の医務室です!処置は済んでます!命にも別状は無いって、新野先生が!」


「は、は…慌て過ぎ…」


「だ、だって…!」


「ん…ちょっとヘマしたな…」


鉢屋先輩は、僕の方にゆっくりと顔を向けて、くしゃりと顔を歪めた。


「お前のせいじゃないからな…要」


「…ぅえ…」


「えっ…ちょっなんで泣っ…いだぁっ!」


「まだ、起きちゃ駄目ですっ…!寝て、ないと…うわぁあ…!」


「な、な、な、?なんで泣くんだよ…!?」


「ごめんなさい…ごめんなさいぃ…もぅ、怒ってません、から…」


「…あ、ああ」


「鉢屋、先輩のこと…だいっ、…きらいじゃ、ないです…から…ッ…」


「…うん」


「避けたり、ぃ、すみません…生意気なこと、いっぱい…すみません…ごめんなさい…ぃ…」


「悪かった。俺も悪かったよ、要」


ちょっとの気持ちで。
(いやぁ本当に悪かったな、要)(ちょっとびっくりしましたけど…僕も騒ぎ過ぎました。反省します…もう大丈夫です)(それって舐めても良いってこと?)(もう口ききません)(冗談冗談冗談!冗談だから!)



信じられるか?これ鉢屋が要くんに首ペロするだけの話なんだぜ?長かった…

お前はどんだけ話をまとめる能力が無いのかと…プロット書かないで上げるからこうなるのよ!久作に叱られてきます=┏(^o^)┛

しょーもな小説四ページ長々とお付き合いいただいてありがとうございます!これは言いたかった!

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