始まったら止まれない

「運ぶの手伝ってもらって悪いな、要」


「いえいえ。気にしないでください」


金鎚なんかの道具が入った木箱を地面に置いて、食満先輩に微笑む。続いて、僕は古ぼけた台を持ち出すと地面に置く。


「よし、今日は道具の点検をする!数の確認と修理が必要なものを分けるぞ!わかんなかったら、俺か作兵衛に聞けな!」


「えっ…僕ですか?」


「ん?大丈夫大丈夫、作兵衛もすっかり立派な用具委員だしな」


にっ、と笑う食満先輩に作兵衛が赤くなって照れたように笑う。僕も中在家先輩に褒められるとすごい嬉しいもんなぁ。よくわかる、作兵衛の気持ち。


「ん、なんだ地面がぬかるんでるな。誰かが水でもまいたのか?まぁいいや、じゃあ始め!手裏剣やクナイなんかで指を切らないようにな!」


「「はぁーい!」」


「はーい…」


元気良くお返事すると、一年生たちは道具の点検を始めた。手裏剣なんかの道具を真剣に見つめて、問題ないものは分けていく。


みんなしっかり者だなぁと感心しながら、僕も工具を取り出した。数を確認していた作兵衛が首をかしげながら、僕の手元を覗く。


「要、なにしてんだ?」


「え?ああこれ?図書室の踏み台なんだけどね、結構古いものだからギシギシ音がして危ないんだ。使う人が踏み台で怪我したら大変だから」


「用具委員会がやるのに…」


「あぁ、いいよ。僕今日は図書当番無いから」


「…なんつーか、お前って」


「ん?」


「すげぇ手の掛かる女房とうまくやれそうだよな」


「なっ…なに!?どういう意味!?」


「あー頑張れ頑張れ。難しいとこは手伝ってやっから、呼べよ」


富松せんぱーいとしんべヱに呼ばれてひらひら手を振りながら去っていく作兵衛に、僕は若干ショックを覚えつつ金鎚を動かした。


カン、カン、ガン、
とリズム良く金鎚を打って、踏み台が地面にしっかり立つか確認する。


それと同時に。


「ほえっ」


喜三太くんが足元の泥のぬかるみに足を取られたのが視界に入った。


「ひゃあぁあ!」


幸運だったのは、僕が一番喜三太くんに近かったのと、喜三太くんが足を取られてひっくり返ったのに気がついたことだ。もうほとんど、文字通り反射神経だった。


ビシャァッ!


という音が耳元で聞こえて。擦れた頬に顔をしかめながら、僕は腕に喜三太くんがいるのを視界で確認すると、ホッと安心する。


「あーびっくりした…」


「はにゃあ…!一ノ瀬せんぱぁい!大丈夫ですかぁ…?」


「大丈夫大丈夫…気にしないでー。喜三太くんに怪我が無いなら上々上々」


「泥だらけの顔でなに言ってんだよ!ほら!」


慌てて駆け寄ってきた作兵衛にぐい、と手ぬぐいで頬を乱暴に拭かれて「いたたた!」と声を漏らす。食満先輩が僕を起こしてくれた。


「あーあ、髪まで泥だらけだな…」


「はは、すみません…」


「要先輩、泥だらけでへんなかおー」


「こーらしんべヱくん?」


汚れてない手でしんべヱくんの頬を軽くつねると喜三太くんときゃっきゃっと笑う。それを見ながら食満先輩が苦笑しながら言った。


「全く、俺たちの手伝いはもう良いから、風呂に入ってこい。今なら空いてるだろう」


「え。でもまだ台が…」


「それくらい俺が修理してやる。いいから行ってこいよ」


作兵衛に背中を押され僕は「ごめんね」と謝ると、一年生たちに手を振ってそこを後にした。





「お前はどんくさいんだか、機敏なんだかわからんな」


「放っておいてよ…」


「でも話を聞く限り泣きながらドタバタ部屋に飛び込んでくる話でもないじゃないか」


「いや…それで…その後…寝間着を取って大浴場に…行ったんだけど…」


なにか恐ろしいことでも思い出したのか、ぶるっと体を震えさせて、要は続きをぽつりぽつりと話し始めた。



※※※


「三郎、三郎?」


「…」


「三郎ってば」


「…」


さっきから雷蔵の前で正座したまま硬直する三郎。俺と勘右衛門、兵助はその様子を呆れ顔で見守っていた。


「なーなー雷蔵。ここって飲食して良い?」


「え?良いけど…」


「なんだよ勘右衛門、唐突に」


「いやーこれは長く掛かるかなぁと思って」


すでに饅頭を口に放り込んでもしゃもしゃ咀嚼する勘右衛門に、俺は「ああ確かに」と相槌を打って饅頭を一個もらった。


「兵助も食べるー?美味しいよー」


「要らん。夕食前だぞ、2人とも」


「勘ちゃんの胃袋は4つあるのだ」


「牛かよ」


ケラケラと勘右衛門と笑い合うっていると、雷蔵から「なにしに来たんだよお前ら」と冷ややかな視線を頂いたので饅頭を飲み込んで黙る。


「三郎、なにか要に意地悪したの?」


「…」


ふるふると首を横に振る三郎に、兵助は眉をひそめ俺は頷く。


「だろーな。そんな感じじゃなかったし」


「意地悪なんていつもしてるじゃないか」


「あれは意地悪じゃなく愛情表現!!からかい半分!!楽しいんだよ!!」


饅頭をもふもふ食べながら言う勘右衛門に、カッと三郎が反論した。それに動じることなく勘右衛門は「分かりにくいしたちが悪いよ」と返す。


「ふーん、話を整理するとその愛情表現が行き過ぎちゃったわけかな…?三郎?」


ビクッと三郎の肩が跳ねる。雷蔵はその隙を見逃さず、ガッと三郎の肩を掴んだ。


「さぁて三郎…君は僕の可愛い後輩になにをしてくれちゃったのかな…?」


「いや…あの…」


「さっさと話してしまった方が楽だぞ」


「へ、兵助さん…!」


前を雷蔵、後ろを兵助に囲まれて、三郎は完全に逃げ道を無くした。そして三郎の口から、ぽろりと真相が零れる。


※※※


「あー…ちょっと赤くなっちゃったなぁ…」


地面に擦れてしまった頬はヒリヒリと痛んだ。幸い外傷は無いが、しかし右腕が腕まくりをしていたためか擦れて赤くなってしまっている。


軽くお湯を浴びて泥を落とした僕は、脱衣場で寝間着に着替えて早く作兵衛たちのところへ戻らなくてはと思っていた。


「およ、要だ」


「…鉢屋先輩」


駄目だ戻れない。
そう確信した僕は苦笑しながら寝間着を羽織って紐を締める。


「どうした?こんな時間に風呂か」


「いえちょっと転んでしまいまして、泥だらけになってしまったので…」


「そりゃ随分とダイナミックに…」


「いっ…!?」


ひた、と鉢屋先輩が擦れて痛む僕の頬に手を触れた。途端にピリッと痛みが走って思わず悲鳴を上げる。


「っ…な、なにするんですか!」


「あーこりゃ伊作先輩のとこに行った方が良いぞ」


「そ、そ、そんなことわかって…ぃっ!?」


「腕もちょっと酷いなぁ、鋭い石かなんかに擦れたか。どーれ痛いの痛いの…」


「鉢屋先輩!?楽しんでませんか!?」


「なにを!私は心配してだな!」


「その表情で!?」


「要あったかいな。もう風呂入った後か、ッチ」


「そう言われましても…」


僕はやんわりと鉢屋先輩の手を外して、濡れた手拭いを頭から首にかける。


「僕もう上がりますから、ごゆっくり……鉢屋先輩?」


「…お前さ、気にして無いんだな」


「え?なにをですか?」


「…」


「…?」


「…」


「…あっ」


思い出して顔が熱くなる。僕はぶんぶんと首を振って、冷静な声を務める。


「鉢屋先輩のことですから、また僕をからかったんでしょう?」


何日か前の夕食時が過ぎた食堂でのこと。五年生たちのざわめいた喧騒のなかで、鉢屋先輩は僕の耳にささやくふりをして、頬に唇を置いた。


それって、僕の前世ではほっぺチューってやつで。しかも僕はまだその経験が無かったわけで。


「…」


「なんだ要、もしかしてあれ初めてだった?」


「うううう…」


「ん?」


「あっちでもこっちでも初めてですよ!悪かったですね!」


「大丈夫大丈夫。一生幸せにしてやるさ」


「要りません!胃に穴が開きます!」


「おやー?そんなことを言う口からこれかー?」


「ひゃれれくらっ…」


鉢屋先輩の親指が僕の口に入り込んで、ぐいーっと伸ばされる。爽やかな雷蔵先輩の顔で笑う鉢屋先輩に、僕は抵抗するため暴れようと足を動かした。


「ぁ…」


のがいけなかった。


濡れたスノコにつるりと足を滑らせた僕。とっさに前にあった鉢屋先輩の忍服を掴んだ。


のも、いけなかった。


「うわっ!?」


鉢屋先輩の焦ったような声がして、ガターン!とものすごい音。ガツンと頭に衝撃。


「っ…たぁ…」


くらりくらりとする頭に"痛い"以外の言葉が見つからない。僕はハッと、鉢屋先輩も巻き込んでしまったことを思い出して目を開けた。


「、はち、や…先輩…?」


間近にある鉢屋先輩の、ああ、違う。雷蔵先輩の顔だけど、これは鉢屋先輩で、あれ?でも鉢屋先輩の顔は雷蔵先輩の顔で…?


ぐらりぐらり


「要…」


ぐらりぐらり


「…?」


あれ?なんだかデジャヴ。前にも、こうして鉢屋先輩にからかわれたことがあったような?


そして、そのまま、
鉢屋先輩はべろり、と。


僕の首筋に、長い舌を這わせた。



要「!?」

ネタが無いって、恐ろしいことなのよ?篇(真顔)

もうちょっと続きます。

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