過剰反応

「いやー…久し振りに兵助と組み手したけど、相変わらずしつこいとこ攻めてくるよなぁ」


「ハチは攻撃後の隙が大きすぎるんだよ」


「おー…更に痛いとこを…」


五年い組久々知兵助と俺、ろ組竹谷八左ヱ門は泥だらけの体で大浴場に向かっていた。


「ま、今の時間なら空いてるだろーし、はやく風呂に入って美味しいご飯を…っと?」


ガターン!となにかが倒れる音が俺の耳に届いた。大浴場の脱衣場からだ。兵助と顔を見合わせ足早に大浴場へ急ぐ。


「おい、誰かいるのっ…かぁあ!?」


声をかけた途端、いきなりがらりと開く戸。そこから飛び出してきたなにかを、反射的に受け止める。しっとり濡れたどこかくせのある髪。


兵助がその子の名前を呼ぶ。


「要…?」


「た、竹谷、先輩、!は、はち、はち、あの人は一体なんなんですかァアァア!!!」


「なん、なん!?な、なんだ要!一体なにが…」


そのままわぁあんっと泣き出した要におろおろとしていると、兵助が要を引ったくった。引ったくられた要はぽかんと兵助を見上げる。


「久々知先輩…?」


「なにかあったのか?」


「…、」


要は見たことのない兵助の真剣な表情に気圧されたようで、ごくんと言葉と嗚咽を飲み込んだように見えた。


「あ、あの…」


「寝間着、ちゃんと着ないと風邪をひくぞ」


「え。あ、すみませ…」


「肩が冷えてるじゃないか。湯冷めしないうちに早く…」


「あの、俺のこと置いてかないで」


恐る恐る声をかけるとその直後。またガラッと戸が勢いよく開いた。


「要!」


「三郎?」


間の抜けた声で出てきた人物の名前を呼べば、ギョッとした顔で同じクラスメートである鉢屋三郎は固まった。


「お、お前ら…?」


「ひっ…」


びくっと要の体が硬直する。それを感じ取った兵助が眉をひそめて三郎を見上げた。


「三郎…?」


「えっ、あっ、いや、いやいやいや!違う!違うんだって要!私は…」


「ぎゃああ触らないでくださいもう鉢屋先輩なんか知りませんから!!」


「だーかーら!魔が差したというか!色気に騙されたというか!」


「少年の心に傷を付けてなにが違うですか!もう、もう、本当に知りませんから!」


ぼろぼろと要の目から零れる涙に、これでもかとうろたえる三郎。状況に置いていかれる俺たちはわけもわからず首を傾げる。


「ごめん!さすがの私もあれは悪いと思ってる!いや、ちょっと、まぁなんていうか、あ、その!悪かった!」


「鉢屋先輩なんて、」


あ、珍しい。
ギッと強く三郎睨む要をみてそんな表情もできるのか、と妙に感心していると要は


「鉢屋先輩なんて、大嫌いです!!」


と鋭い言葉を三郎にぶっ刺して踵を返し、走り出してしまった。


「要!」


兵助が呼び止めるが要は振り返らず、廊下を曲がって姿を消す。あーあ、とわりと冷静だった俺が廊下の角から三郎に視線をうつすと。


「三郎…」


三郎は要の両肩に置こうとしていた手をそのままに、完全に固まっていた。


「三郎!しっかりしろって!」


「三郎お前なにしたんだ」


「………」


「おい!大丈夫か!」


「だめだ、雷蔵を呼ぼう」



※※※


三年長屋。
僕と孫兵の部屋。僕は勢いよく部屋の戸を開け、そしてピシャリとしっかり閉めると、机でなにか書物を広げていた孫兵の背中に飛びついた。


ジュンコは孫兵の側の座布団で寛いでいるのが視界に入る。ああ、ジュンコいなくて良かったぶつかっちゃうところだった!ともうやけくそな僕は、ググッと孫兵の背中に顔をうずめる。


孫兵はぺらりと書物のページをめくると、静かな声で尋ねた。


「…なにしてるんだ」


「すまないけどなにも言わずしばらくこのまま」


「…ふーん珍しいな」


「ん?」


「一年のときの僕と、立場逆転じゃないか」


僕は孫兵の背中にうずめていた顔を上げて、孫兵からは見えないが首をひねる。


「え?え?なんのこと?」


「忘れたのか?僕が一年のとき、よく要に慰めてもらったろ」


孫兵は自分の腹に回された僕の腕を握って、僕の方を少し向いた。その顔と一年生のころの小さな孫兵の顔が重なる。



「じ、ジュンコが、ぁあっ…いなくなっ…うぁあっ…」


「孫兵泣かないでー?」


「う、ぇえ…あぁ…」


「大丈夫だよ、僕も探してあげるから。2人で探せばみつかるよ。ね?」



そう言って孫兵の手を握る僕と、嗚咽を漏らす孫兵。記憶の片隅にきらりと光った思い出に、僕はあぁそんなこともあったか、とボケッと孫兵を見つめていた。


「間抜けな顔」


「ひどい…」


「で、なにがあったんだ。話してみろよ」


「…」


「要?背中貸してやったんだから、安いだろう?」


「えっ!なに!?有料なの!?」


「当たり前」


「ひどい!最近孫兵は僕に意地悪だ!」


「そんなことない」


抗議する僕の頭に黙らせるように手を置いて、孫兵は有無を言わせない表情で話の軌道を戻した。


「で、なにがあった?」


「………すごく言いたくないし、言いにくいんですけど」


目を逸らして言うと、孫兵は僕の両頬をガッと掴んで無理やり自分の方へ向かせる。


「言ってみろ」


「孫兵さんこわい!孫兵さんなんかこわいよ!」


「いいから」


ああ、逃げられない。
そう悟った僕は、諦めて最後の抵抗に視線を右往左往させると、小さく口を開いた。


「………………今日、用具委員会を少し、手伝ったんだけどね」





鉢屋魔が差したんだ篇(真顔)

すみませんネタがありませんネタをください。もちょっと続きますよ。

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