日陰ごっこ
「あれ、怪士丸」
「あ…要せんぱぁい…」
「どうしたの?そんなとこで」
偶然みつけた委員会の後輩の後ろ姿に声をかければ、くるんと振り返って笑う怪士丸。傍に寄ると、怪士丸はハッとしたように僕の手を掴んで木の影に隠れた。
「だ、誰も来てませんよねっ…?」
「うん?うん、大丈夫だと思うよ」
「はぁー…良かったぁ」
「?」
胸を撫で下ろす後輩に、僕は理由がわからず首をひねる。すると怪士丸は慌てて僕の手を離して、顔を赤くして謝った。
「すすすすみません!」
「繋いだままでもいいのに」
「えっ…あ、あの…!」
「ふふ、遊んでたの?怪士丸」
しゃがんで頭を撫でれば怪士丸は照れながらも頷いた。
「はい…日陰鬼ごっこしてたんです…」
「日陰鬼ごっこ?」
はて、初めて聞く遊びだ。
怪士丸は頷いて、少し楽しそうに日陰鬼ごっこのルールを教えてくれた。
「日陰鬼ごっこっていうのはですね…名前の通りに日陰のなかで鬼ごっこする遊びなんです。日陰以外は逃げちゃ駄目。日陰伝いにならどこを逃げてもいいんですけど…ひとつの影は5数えるまでに出なきゃ失格です…」
「へえ…!なかなか面白いね!それ怪士丸が作ったの?」
「ろ組のみんなで作ったんです…」
照れくさそうに両手を合わせる怪士丸に僕は心底感心して、何度も頷く。しかし、僕はふと首を捻って怪士丸を見る。
「あれ、もう5数えた?」
「…あっ」
口を両手でふさいで、しまったという顔をする怪士丸に追い討ちをかけるように、ひょこっと誰かが木の陰から覗き込んできた。
「あー…怪士丸、この陰に5以上居たでしょ?失格だよ…?」
「平太ぁ…」
「ごめん怪士丸。僕のせいだね」
「あれ?要せんぱい?」
キョトンと僕を見上げるのは作兵衛の後輩の平太くんだった。僕は苦笑しながら平太くんに視線を向ける。
「こんにちは平太くん」
「こんにちは…最近委員会にいらっしゃらないから、少しお久しぶりですね…」
「うーん、まぁ僕は本来図書委員会だからね」
暇さえあればあちこちの委員会に顔を出して手伝いをしている僕は、新しく入った一年生たちにもすっかり"お節介な三年生"で通ってしまっている。
「ごめんね、鬼ごっこの邪魔しちゃって。僕はもう行くから」
「えぇー?行っちゃうんですかぁ?」
「え?」
僕を引き止めたのは怪士丸だった。思わず目を丸くして怪士丸を見つめる。
「だって…邪魔しちゃうし…」
「ね、ね、平太。要先輩も鬼ごっこ…いいでしょ?」
「うん。要先輩、一緒に遊んでくださぁい」
「僕も?いいの?」
2人に腕を引っ張られて僕が尋ねれば、2人はコクコクと頷いてくれた。
※※※
「じゃあ、ジャンケン」
伏木蔵くんの言葉にみんな拳を軽く振って、
「ぽんっ」
突き出した。
「あ」
負けたしまった孫次郎にみんなクスクス笑って「10数えるんだよ」と伏木蔵の一言を合図に、蜘蛛の子のように散る。
「5数えるまでに日陰を出なきゃいけないんだよね…」
少し離れたところで孫次郎が数を数えているのが聞こえる。僕も指を折りながら数を数えていた。
「いーち、にーい、さーん、しーい、」
「よう、要」
「ごおおおおおお!?」
「おわっ。なんだよ、そんな大きな声出して」
いきなり叩かれた肩に飛び上がって驚く。反射的に振り返ると、びっくりしたような顔の食満先輩が立っていた。
「なにしてんだ、こんな日陰で?」
「け、食満先輩っ…あ、ああびっくりしたぁ…」
「最近委員会に顔見せないな。みんな寂しがってるぞ」
「いや、ですから僕は本来図書委員会で…あ!まずい!」
ハッと我に帰って食満先輩の手を取り、次の陰にひらりと移動する。
「なにしてんだ?」
「日陰鬼ごっこです!平太くんたちと!日陰には5以上居ちゃだめなんですよ!」
「…お前、可愛いなぁ」
「わわわ!なんですか!?ぐしゃぐしゃにしないでくださいよ!」
「はは、しかし面白そうな遊びだな。平太もやってんのか?」
「あ、はい。やってま」
「要先輩たっち…!」
可愛らしい声に振り向けば、孫次郎が僕の腕を照れくさそうに掴んでいた。あーしまった、と苦笑しながら孫次郎を撫でる。
「あー捕まっちゃった」
「次、先輩が鬼ですよー?」
「よーし、じゃあ10数えるからね?」
「はぁい。みんな、次は要せんぱいが鬼だよー…!」
その言葉にきゃああと散るろ組っ子4人。そして何故かそれに混ざる食満先輩。
「えっ!?け、食満先輩!?」
「よーし、みんな!要が俺を捕まえられたら、みんなにランチを奢ってやる!」
楽しそうな食満先輩の言葉に、ろ組っ子4人からわぁあっと控えめな歓声が上がった。
「すごいスリルー…!要せんぱい、頑張ってくださぁい!」
「いや、いやいや!六年生を捕まえるなんて無理に決まってるじゃないですか!」
「食満先輩、日陰鬼ごっこですよー?日陰しか逃げちゃ駄目です…ひとつの日陰は5以上居ちゃだめですよ…?」
「そうか!ありがとな平太」
「ルール知らないまま参加しようとしてたんですか!…あーもう!10数えますからね!」
こうなっては仕方がない。
僕は目をつぶって「いーち」と数をかぞえ始めた。
→
食満ェ…
続きます。
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