きらきら
「じゃあ、行って来ますね」
「はーい。夕食までには戻るようにね。気をつけて行ってらっしゃーい」
「はい。小松田さんにお土産買ってきますね」
「ほんとに!?わー楽しみにしてるね!」
ぶんぶんと激しく手を振る小松田さんに軽く振り返して、さっそく歩き出した。今日は帰省、という大げさなわけではなく、ただ足りなくなった日用品を買いに街に行くだけだ。
誰か誘って行こうかなぁ、とも思っていたんだけど、残念ながら仲の良い同級生には全員振られてしまった。
「街に行くなんていつぶりかなぁ…」
久し振りなのは間違いない。挟まれ学年になって覚えることが増えたのもあっていろいろと最近忙しかったし、一年生が入って委員会が活気づいたせいか活動も増えた。
つまり、暇が無かったのである。仕方がないね。
「時間はあるし、街をぶらぶら見物しようっと」
鼻歌を歌いながら、足取りも軽やかに街へ歩みを進めた。
※※※
「わぁ…」
あちこちで弾ける客引きの声や笑い声。子供たちが駆け回る音さえリズム良く、耳に心地良い。まさに活気の一言に尽きる。寄り道のし放題だ。
「お土産は帰りに買うとして…日用品を先に買っちゃおう…あ!からくり人形売ってる!」
ぱぁっと顔が輝くのが自分でわかる。周りには子供がたくさん目を輝かせながら、からくり人形を見つめていた。僕もその輪に加わろうとしたその瞬間。
「きゃあああ!」
「!」
耳を刺す女の人の悲鳴。
ハッとしてからくり人形の屋台から、道の向こうへ視線を移すと体格の良い男がこちらへ走ってきていた。
「待て!止まれ!」
その後ろからはお兄さんが走ってきている。瞬間的に、この体格の良い男を追っているんだと理解した。
そしてその男の手には、紫色の巾着。どう見ても男が持つものではない。
「くそ餓鬼!そこをどけ!」
巾着を持つのとは逆の手に、ぎらりと刃物が光る。僕に向けられる突発的な殺意。
ぞく、と体が震えた。
「っ…!」
ぎぃんぎぃん、と。
頭のなかで音が鳴る。
僕、まえにも、
前にも、こんなこと…?
夢でみた?ううん、違う。夢じゃない。
"僕は前の世界で、殺意をもって、刃物を向けられた"
「きみ!危ない!」
「っ!」
ハッと我に帰ると、男とその手に握られた刃物は僕に迫っていた。とっさに体制を低くして、男の足に突っ込む。いくら体格が良いといえど、12歳の子供に突っ込まれては体制も崩れる。
「っぐぅ…!?」
「いっ…」
崩れた!
豪快に倒れた男の手から、巾着袋と刃物が離れ地面に転がった。騒然と辺りがざわめいて、悲鳴が上がるが僕はこの男が起き上がらないように押さえるので頭がいっぱいだった。
「大丈夫か!?」
僕の右肩をつかんだのは男を追っていたお兄さんだった。ホッとして少し緊張が解ける。
「はい。僕は大丈夫です…」
「私が取り押さえる。もう大丈夫だ。よくやって…あ、怪我してるじゃないか!」
「え?」
「肩!」
肩?と首をひねろうとすると激痛が左肩を蝕んだ。思わず「いっ…!?」と声を出してうずくまる。下がった視界に誰かが近づいてくるのがみえた。
「兄ちゃんたち、大丈夫か!?」
「すみません、この男をお願いします!きみ、おいで」
「は、はい…」
お兄さんは傷に触らないように僕の肩を抱くと、街の近くの小川を目指した。近くの岩に僕を座らせると、小川で手拭いを湿らせて戻ってくる。
「脱がせるよ?痛いかもしれないが、我慢して」
「…っい…大丈夫です…」
「いい子だ」
安心させるためか、茶目っ気のある笑顔を見せてくれるそのお兄さんに、僕も苦笑を返す。
「体当たりしたときに刃物が触れて切れたんだな。ぱっくりだ。忍術学園に帰ったら、ちゃんと処置をするんだよ?」
「はい。ありがとうございま……え?」
「きみ、忍たまだろ?」
「え、え、えええ!?」
ぴったり言い当てられて、呆然とする。するとくすくす笑ってお兄さんが種明かしした。
「あの反射神経は並み大抵の人間が持ってるものじゃない。訓練している者。そしてなにより、私はきみを忍術学園で見かけたことがあるからね」
「に、忍術学園の関係者の方だったんですか…」
「ああ。私の名前は山田利吉。山田伝蔵の息子だ」
「山田先生の…?あ!フリーの忍者さん!」
「ご名答」
「僕は一ノ瀬要と言います。忍たま三年生です」
「要くんか。良い名前だ。さ、これでよし」
きゅ、と手拭いで傷口を縛って利吉さんはふむと苦笑した。
「しかし着物が血だらけになってしまったね」
「あー…ほんとだ。裏まで染み込んでる…」
これじゃ代わり衣も使えない。まだ買い物を済ましていないのに。
「ん。よし、これを羽織るといい」
ばさっと頭から被せられたのは落ち着いた色で少し大きめの前の世界で言う、上着のようなものだった。慌てて頭から外して汚れてないか確認する。
「だ、駄目ですよ!血で汚れちゃいます!」
「構わないよ。なにか用があって街に来たんだろ?その用を済ませるのに、その格好じゃあね」
「う…あ、う…すみません」
「そんな申し訳なさそうな顔するなって。大丈夫、本当に構わないから」
微笑む利吉さんにじわりと涙が浮かぶ。いつもはコントロールできるそれがぽろぽろと零れて止まらない。ぼやける視界のなかで利吉さんが目を見開いたのがわかった。
「要くん…?」
「…ごめ、なさい…」
「怖かった?」
ぽすんと優しく利吉さんの手が頭に乗る。怖かった?僕は怖かったのか?
刃物を持って、殺意を持って、僕を傷つけようとしたあの男。その男と、誰かが重なったような気がたしかにした。
「(僕、やっぱりなにかを忘れてる)」
前の世界に置いてきた。怖い怖いなにかを僕は忘れている。そしてそれを思い出すのが…僕は…
「怖い…」
「…ん。みんなそうだよ。誰だって怖いんだ」
「利…吉さん…僕…」
「ほら、もう泣かないで。よし、私がお団子を奢ってあげよう。買い物にも付き合ってあげる」
にこっと安心を与えてくれるその笑顔に、僕は救われた気がして表情を緩めた。
「ありがとうございます…」
「いいえ?気にしないで。私が好きでやってるだけだ」
「利吉さん、噂通り格好いい方ですね」
「はは。きみも、噂通りだね?」
「え?」
「いや、こっちの話」
きらきら
(はい、あーん)(あの、利吉さん?)(肩が痛くて食べられないだろ?)(いや…右腕は使えますし…)(あーん)(…)
*
見え隠れする要くんのトラウマ。次ページしょーもないおまけ。
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