あかりんご
青いなぁ。
ぼんやりと目の前に悠然と広がる空を眺めながら、ぼーっとそんなことを考えていた。
下ではおそらく私を探しているであろう庄左ヱ門がぱたぱたと走り回っている。さっきまで彦四郎も居たが今は姿が見えない。
「あー…日が傾いてきた…」
「三郎」
「おわっ!?なに!?なにしてんの!?」
「よっ」
いつの間にか隣に寝そべっていた勘右衛門が呑気に片手を上げた。跳ねた心の蔵を押さえて、体を起こす。
「驚かすなよ勘右衛門…」
「サボってんじゃねーよこの、しばくぞ三郎」
「えっ。いきなり暴言吐かれた」
「彦四郎と庄左ヱ門が…」
「知ってるよ。私のこと捜してるんだろ」
「うん。あと要も」
「えっ!どこっ!行く!」
「三郎はその行動力を委員会とか別のものに向けるべきだと思うよ、俺」
呆れ顔で言う勘右衛門に、私はぷーっと頬を膨らませて顔を逸らした。
「ほんっとに要好きだよなぁ、三郎は」
「ああ」
「んなキッパリと…。あ、そういえば彦四郎と要ってなにかあったの?なんていうか…彦四郎、要をよく思ってないみたいだけど」
「え?そうなのか?」
きょとんとする私に、「三郎絡みじゃないのかね」と苦笑する勘右衛門。私絡みって…どういうことだろうか。
「彦四郎に要が嫉妬してるのか…!嫌だなぁ、要。これからはもっと可愛がってやろう」
「どうやったら、そう受け取れんの?」
「尾浜せんぱーい!そこにいらっしゃるんですかー!?」
下から庄左ヱ門の声がして、鬼ごっこはここまでかなと体を伸ばす。勘右衛門は「三郎捕まえたよー」と呑気に屋根の下を覗き込んでいた。
「本当ですか!?さすが尾浜先輩です!鉢屋先輩、とっとと降りてきてください!」
「はーい」
「庄左ヱ門ー、要と彦四郎はー?」
勘右衛門の隣から屋根の下を覗き込むと、庄左ヱ門は眉をひそめて口を開いた。
「実は…今度は彦四郎がいなくなっちゃって…」
「「えええっ」」
「一ノ瀬要先輩が捜しに行ってます…」
※※※
"彦四郎が戻ってこないんですよね…"
鉢屋先輩が見つからず、とりあえず集合場所に戻ろうと歩いていると、偶然落ち合った庄左ヱ門くんが俯きながらそう言った。
"さっきまで僕の近くで鉢屋先輩を捜していたんですけど、急に姿が見えなくなって"
なんとなく不安感を覚えた僕は、庄左ヱ門くんに尾浜先輩を捜すように指示して彦四郎くんを捜していた。
「彦四郎くーん!」
あの真面目そうな彦四郎くんが鉢屋先輩捜しを放り出す、というのはどうも違う気がする。きっとなにかあったんだ。
「彦四郎くん!返事して!」
「あれ、要」
「綾部先輩!」
「どうしたの、そんなに急いで」
愛用の踏子を担いだ綾部先輩がきょとんとしながら足を止めた。僕も足を止めて身振り手振りで綾部先輩に尋ねる。
「彦四郎くんを見かけませんでしたか!?」
「彦四郎って…一年い組の今福彦四郎?」
名字は聞かなかったが多分そうだ。僕が頷くと綾部先輩は「ふぅん」と考えるような仕草を取り、やがて「あ」と僕の後ろを指差した。
「彦四郎くんがどこにいるか知ってるんですか!?」
「いや、彦四郎がどこにいるかはわかんないけど。向こうの落とし穴にね、目印を置いてくるの忘れちゃった」
「目印…?あ、味方に罠の存在を知らせる目印ですか?」
「そう。よく勉強してるね、えらいえらい」
なでこなでことゆるゆる頭を撫でられて、いやぁと照れたが僕はハッと綾部先輩に詰め寄る。
「その落とし穴、誰か落ちてませんでした!?」
「えー?わかんない。まだ見に行っていないから」
「あっちですね!ありがとうございます!じゃあ僕はこれで!」
あ、とつぶやいた綾部先輩の声は僕には届かず、僕は嫌な予感を振り払いながら落とし穴を目指した。
「もう行っちゃった。最近落とし穴に落ちてくれないし、つまんないなぁ」
※※※
「いっ…!?」
左足に激痛が走って、反射的にうずくまる。擦れた頬が熱い。土の臭いが鼻をつく。
「嘘、痛めた…?」
心臓の音に従ってズキンズキンと痛み出す左足に、僕は涙をこらえて立ち上がろうとした。が、体を少し支えようとしただけで痛みが襲う。
這い上がれない、ましてや立ち上がることさえ出来ない。
じわ、と涙が浮かんだ。でも、尾浜先輩に"男の子がそう簡単に泣いちゃ駄目だぞ"と言われたのを思い出して留まる。
"仕方ないよ、一年い組は実践経験が少ないから"
「…っ…」
ずっと前に言われた庄左ヱ門の言葉が頭のなかで反響した。僕はこんな落とし穴も自分で這い上がれない駄目な奴?
あの時だって、やっぱり自分の力で落とし穴から這い上がることが出来なかった。今みたいに涙をこらえて、助けてほしくて、でも助けは要らなくて。
「だれか」
"だれか"
"「助けて」"
つぶやいただけの僕の言葉に、あの時もそして
「彦四郎くん!みつけた!」
今も、どうしてあなたは僕の声が聞こえるんですか?
「大丈夫?彦四郎くん、庄左ヱ門くん心配してたよ」
「…っ」
僕はさっきあんなに生意気なことをあなたに言ったのに。その言葉は、少しでもあなたを傷つけたはずなのに。
「立てる?手を伸ばせば届きそうだから」
「…要りません」
「え?」
「僕1人でも上がれます!一ノ瀬要先輩のお手を煩わす必要はありません!」
きょとんとする一ノ瀬要先輩を睨みつける。立てないくせに、と自分で自分を傷つけて、僕は「はやく鉢屋先輩捜しに戻ってください!」と怒鳴った。
「…やだ」
「はぁ!?」
「また無理しているよね、彦四郎くん。この間みたいに」
「!…覚えて、いたんですか」
そうつぶやいて、かぁあと顔に羞恥で熱が集まった。それを振り払うようにまた声を上げる。
「…あの時だって、僕1人でなんとか出来たんです。一ノ瀬先輩の手を借りなくとも、僕1人で…」
「知ってるよ」
「…っ」
「でも、負傷した仲間に手を貸すのは当然のことで…」
「先輩も、庄左ヱ門と同じでしょう。僕を馬鹿にしてるんでしょう」
「…」
「"一年い組は実践経験が少ないから"って!」
言った。言えた。
僕のイライラ、僕のもやもや。でも何故かすっきりはしなかった。また涙が目尻に浮かぶ。
「彦四郎くん」
すとん、と軽い音をたてて、一ノ瀬先輩が落とし穴のなかに降り立った。
「…なんですか」
「彦四郎くんは悔しかった?そう言われて」
「…」
「自覚しているんだよね、自分に実践経験が足りないって。それで、それを指摘されたから、悔しかったんだよね」
「…あなたには関係無いです」
「うん、でも」
ぽんぽん、と頭に手が乗せられた。反射的に振り払おうとしたが、一ノ瀬先輩の予想もしない言葉が僕を止める。
「僕は、弱いところを指摘されて、悔しくて頑張ろうとする彦四郎くんは偉いと思うな」
「…?」
「自分の弱さを認めて直そうとするのって、なかなか出来ないものだよ」
一ノ瀬要は前の世界で、そういう人をたくさん見てきたから。だから彦四郎くんは
「よく尾浜先輩と鉢屋先輩から聞くよ?真面目で頑張り屋さんの彦四郎くん。無理はしなくていいんだよ」
「…一ノ瀬先輩」
「傷付いたら休んだっていいんだよ。傷が癒えたら、また頑張ればいいんだよ」
どうして
「…っ僕は、…あなたに八つ当たりをしたのにっ…怒ってないんですか…!」
どうして?
「…怒らないよ。彦四郎くんは自分が悪かったって、もうちゃんとわかってるんでしょう」
「…っぅ…」
今度は涙を留めることが出来なかった。ぽろぽろと頬を伝って、鼻がつぅんとして。
「って、ああ!?彦四郎くん、足腫れてるじゃんか!?もうなんではやく言わないの!医務室行かなきゃ…」
「…おんぶ」
「え?」
"傷が癒えたら、また頑張ればいいんだよ。"
「足の怪我が治ったら、また、頑張りますから…おんぶしてください」
「…うん、約束ね」
よし、医務室医務室!と僕を背負って落とし穴から抜け出す一ノ瀬先輩。僕はなんとなく鉢屋先輩の言葉を思い出して、一ノ瀬先輩の忍服をぎゅ、と握った。
"彦四郎がなんか困ってたらたぶん、会えるよ。要に"
あかりんご
(あー彦四郎良かった…いたいた)(鉢屋先輩!どこにいたんですか!)(わぁ!?彦四郎くん暴れないで!)(あっ、すみません一ノ瀬先輩)(((あれ、仲良い…?)))
*
彦ちゃんをおんぶとか羨ましすぎて吐血。
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