あなたのことが
「あっ!一ノ瀬要先輩!」
「あれ、えーとたしか…きり丸と同じは組の黒木庄左ヱ門くん」
食堂当番を切り上げようと手を洗っていると、ばたばたと慌ただしく入ってきたのは一年生だった。
きり丸と同じクラスの庄左ヱ門くんだったと思う。この子がよく鉢屋先輩を追っかけ回すところをみるし。
「どうしたの?ランチはもう終わっちゃったよ?」
「いえ、あの、鉢屋三郎先輩を見かけませんでしたか?」
「え?鉢屋先輩?」
鉢屋先輩ってさっきランチを食べにきて、お盆を返すときに僕のことをからかって去って行ったあの鉢屋先輩のことかな?
「ランチを食べてお盆を返して、部屋に戻ったんじゃないかな…?」
「部屋に居なかったんです…食堂には来なかったんですね?」
「うん。来てないよ」
「そうですか…ありがとうございます…」
ため息をついて食堂を出て行こうとする庄左ヱ門くんに、また僕の悪い癖が出てしまった。
「ちょっと待って」
「?」
きょとんとしながら首をかしげる庄左ヱ門くん。僕はさっさと手を洗って、手拭いで拭いながら庄左ヱ門くんに微笑んだ。
「鉢屋先輩さがすの、僕も手伝ってあげる」
「本当ですか!?一ノ瀬先輩が居れば、きっとすぐ鉢屋先輩も出てきます!」
「うん?えーと…そうだね?」
「行きましょう!さっき尾浜先輩を捕まえたところなんです!」
「え?」
※※※
「彦四郎ぉー…離してよー…」
「だめです!今日はいつもより仕事が多いんですよ!?僕たち二人じゃ無理なんです!」
「むー」
「彦四郎!助っ人連れてきたよ!」
え!助っ人ってほどでもありませんが!庄左ヱ門くんは僕の手を引きながら、廊下で尾浜先輩をずるずる引きずっている一年生に明るく声をかけた。
「助っ人…?」
振り向いた一年生。
ん、誰さんだろう。すると僕の顔をみた一年生の表情がぐにゃ、と歪んだ。
「一ノ瀬、要先輩…?」
「あ、要だ!」
「こんにちは尾浜先輩。えーと…なにかやらかしたんですか?」
「あはは。ちょっと捕まっちゃったんだ」
「なにかご用ですか、一ノ瀬要先輩」
ん?あれ?一年生くんから左近くん並みの冷ややかっていうか、威嚇みたいな視線を感じるよ…?
それに尾浜先輩と庄左ヱ門くんも気がついたのか、首をひねっている。庄左ヱ門くんが肩をすくめながら口を開いた。
「だから助っ人だよ。一ノ瀬先輩がいれば、すぐ鉢屋先輩は見つかるはずだから」
「…ふーん」
oh…
わかる。わかるぞ。左近くんのようなこの疑り深い奥まで探るようなジットリした視線。
僕、信用されていないな。
「…」
「一ノ瀬先輩?如何しました?」
「や、なんでもないよ庄左ヱ門くん…」
「?とにかく、手分けして探しましょう。尾浜先輩!ちゃんと起き上がってください!」
「はいはーい…」
「手分けして探しましょう。見つけたらまたここに。いいですね?」
「りょうかーい」
庄左ヱ門くんはテキパキと指示を出して、走って行ってしまった。尾浜先輩がぴしっと敬礼する横で、思わずほーと声を漏らしてしまう。
「庄左ヱ門くんってしっかりしてますねぇ…」
「いやぁ、だから仕事が楽で楽で」
「…尾浜先輩」
「さーて、俺は屋根の上でも探そうかなぁ」
僕の冷たい視線をひらりとかわすと、尾浜先輩は屋根裏に飛んで、姿を消してしまった。
「じゃあ僕は…」
「あのくらい」
「え?」
「あのくらい、普通ですよ。先輩がへらへらし過ぎなんじゃないですか」
そうきっぱりと言いのけて彦四郎くんは僕の方を見ずに、庄左ヱ門くんとは逆方向に駆けて行ってしまった。
「お…おう…?」
これは…僕…嫌味を言われたのか!?慌てて走って行った方に体を向けるが、廊下の向こうにすでに彦四郎くんは消えてしまっていた。
「…うう」
どうやら思ったより僕は彦四郎くんに嫌われているらしい。なにかしただろうかとぐるぐる考えながらも、とにかく鉢屋先輩を捜すことにした。
※※※
べつに、違う。
僕は一ノ瀬要先輩に意地悪されたわけじゃない。なにかを言われたわけでもない。
"三年い組の一ノ瀬要先輩"
鉢屋先輩がよく出す名前。委員会中に尾浜先輩とその一ノ瀬要先輩の話をしているのを僕は知ってる。
「一ノ瀬要先輩って、どんな方なんですか?」
僕の言葉に、鉢屋先輩や尾浜先輩、庄左ヱ門までぱちくりと目を瞬かせた。そして庄左ヱ門が首をひねる。
「彦四郎、話したことないの?」
「う、うん」
「そっか…。うーん、そうだなぁ。一ノ瀬要先輩は…」
「要はねー面白いよ。よく三郎に追いかけ回されて、最近は足がはやくなったよねー」
「なったな。あと、あいつは他の人ばっかりだ」
自己犠牲精神ってやつ?と鉢屋先輩がどこか苦しそうに笑った。
「でも、い組ですから知識に富んだ先輩なんでしょうね」
「うーん、だけど要先輩は実習も上手くこなしてるよ」
「…それって、僕は実習がこなせないみたいな言い方だけど」
じろ、と庄左ヱ門を睨む。庄左ヱ門はきょとんとしながら言葉を続けた。
「まぁ、一年い組は実習経験が少ないから。仕方ないよ」
「…」
「庄左ヱ門」
ふいに、尾浜先輩の優しい声がして尾浜先輩は庄左ヱ門の頭に手を乗せていた。僕は鉢屋先輩に捕まって、膝に乗せられる。
「彦四郎、大丈夫だ。お前はまだ一年生なんだから。焦ることないだろ?」
「……はい」
「あーまぁ、彦四郎がなんか困ってたらたぶん、会えるよ。要に」
ぽんぽんと頭を叩かれて、僕はくすぐったくて顔を歪めた。"一ノ瀬要先輩"どんな人なんだろう?
少しだけ意識して若草色の忍服を探すようになった僕。そしてその要先輩を見つけたのは、最悪のシチュエーションでだった。
「べつに、あの時だって僕1人でもなんとか出来たんだ…」
唇を噛み締める。
助けてくれなくたって良かったんだ。僕はい組だ。僕は立派な忍者になるんだ。
顔を上げて止めていた足を動かそうとすると、フッと視界に紺色の忍服が入った。鉢屋先輩だと判断して縁側から外に飛び出す。
「鉢屋せんっ……!?」
その瞬間。
ぐにゃんと歪んだ視界が静かに落ちていった。
綾部先輩の落とし穴。
そうわかったときにはもう、足掻くことも出来ずに、僕は真っ逆さまに落ちていった。
→
まさかの二ページ目。
続きます。
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