ドキドキ、

「要さぁ…口吸いしたことある?」


「は…?」


「ん?」


食堂でちょっと遅めの夕げを三之助と取っていた。周りにはちらほらと先輩やら後輩やらが夕げを取っている。


「ごめん。最近、耳が…なんだって?」


「だからぁ、口吸い…」


「ああ…思春期め…」


煮物をつつきながらため息をつくと、すすすと三之助が僕の方に寄ってきた。


「要、くの一にモテるじゃん?誰にでもお節介してるもんな」


「モテません。お節介言うな」


「くの一だからやっぱり色の授業とかするんだよな。実験として忍たま参加したりするって聞いたぜ」


「えっ」


箸をくわえたまま固まると、にやっと笑う三之助と目があった。もう食べ終わった定食のお盆を避けて、テーブルに肘をついている。


「色って…あれだよね?色気ふわっふわー…みたいな…?」


「"お止めください要さまぁ…"みたいな?」


「うわぁ止めてよ三之助…気持ち悪い…」


「いやこんな感じだ。たぶん」


「あ、和え物おいしい」


「ちょーだい」


「はいはい」


あーんと色気もなにもあったもんじゃない図を晒して、もぐもぐ噛みながら三之助が首をひねる。


「そういえば要、前女の子に迫られて無かったっけ?」


「え!?いつ!?」


「ほら、実習から帰ってきて手拭い渡されて、なにか言われてたよな?」


「あ、ああ…うん…」


「なんて言われた?」


「えー…あー…うん」


「まどろっこしいな!さっさと言ってしまえ要!」


「こんばんは鉢屋先輩…」


いつの間にやら僕の隣にどっしり腰をおろしていらっしゃった鉢屋先輩に挨拶する。すると「あー要と三之助がいるー」といった要領でわらわらと五年生全員席についた。


「お疲れ様っす。みなさんお揃いで」


「野外実習でね。ちょっと遅くなっちゃって。三之助は委員会かな?」


「っす」


「要、豆腐やる。好きだろ?」


「え、え、ありがとうございます」


「じゃー俺は漬け物やる!ほら、あーん」


「竹谷のぶんざいで餌付けなどと小癪な…私は魚をやるぞ要!」


「いや僕もうお腹いっぱいなんですけど…」


「じゃあ俺がもらう!」


「勘ちゃん自分の食べなさい。みんなも騒がない!」


ピシャリと雷蔵先輩の放った一言でやっと食事を取り始める五年生方々。いつも食事前にこんな回りくどいやり取りがあるのかと苦笑してしまった。


「俺とは初めましてだよなー?尾浜勘右衛門です、よろしく」


「はい。一ノ瀬要です。よろしくお願いします」


「はい。こちらこそ。で?」


「はい?」


にこっと子犬のように愛らしく微笑みながら口火を切ったのは


「誰と口吸いしたって?」


まさかの尾浜先輩だった。


「でええ!?口吸いまで行ったのかよ要!?」


「さん、三之助!唾が飛んでるから!」


三之助の頭を押さえ込んで黙らせると、慌てて尾浜先輩に弁解する。というかさらっと流れてた話題を修正しやがったこの人!


「違いますよ尾浜先輩!そういうことじゃなくて!」


「要が…口吸い…」


「鉢屋先輩聞いてください」


「誰だ!?どこの忍たまにされた!?」


「はい!?」


「違いますよー鉢屋先輩。要がやられたのはくのたまです」


「くのたまぁ!?」


「くそー羨ましい。やるじゃんか要」


違いますから!と誤解を解こうとした僕の口が、竹谷先輩に豪快に頭を撫でられてつぐむ。すると煮物を食べながら、雷蔵先輩が眉を下げた。


「なんか僕ちょっと複雑な気分だなあ…。要がかぁ…うーん」


「…」


「久々知先輩。顔が」


「なぁ三之助。この気持ちは何だろう」


「さぁ?更年期障害じゃないすか?」


「鉢屋先輩離れてくださあああああああ」


「で?で?」


鉢屋先輩を押しのけて、きらきら輝きながら尾浜先輩が顔を近づけてくる。


「くのたまになんて言われたんだ?」


「えっ!…え、え…と」


ザッと僕を中心に内緒話の体制に入る五年生方々+無自覚。なにか言わなきゃなにか言わなきゃとぐるぐるする頭で、僕はポツポツとあの日のこと語った。


「マラソンから帰ってきて、なぜか居なくなった左門を探していて…学園内をウロウロしてて…」











「要先輩!」


「え?」


「ま、マラソンお疲れ様でした!あの、これ…」


桃色の制服に「くのたま?」と首をかしげた僕に、彼女は手ぬぐいを突き出した。そういえば汗でベトベトだ。


「ありがとう。でも僕が使ったら手ぬぐい汚れちゃうよ?」


「わ、私が縫って作った手ぬぐいだから…あの、大丈夫です」


「へえ!手先が器用なんだね!すごく上手にできてる」


うわぁすごい…絶対僕には出来ないなぁ裁縫。いつかちゃんと出来るようになりたいけど、うんまぁ、藤内辺りに習えばたぶん。


「ありがとうございます…」


「え?なにが?」


「私…や、優しいあなたをずっと慕っていたんです!」


「…へ」


「でも私は忍者だから…。その手ぬぐい使ってください。怪我をしたときにでも、あなたを助けられたら…」


返事をする間もなく、お礼をする間もなく、彼女は視界から消えてしまった。慕う…?って、あの、向こうでいう、"好き"ってこと…?






「僕、訳がわかんなくて、手ぬぐいもどうしたらいいかわからないし、あと、」


「要っ!」


「ぐえっ」


押しのけてくる尾浜先輩を弾いて鉢屋先輩がまた飛びついてきた。ぎゃあぎゃあと抵抗する僕なんてお構いなしに五年生方々が胸をおさえて俯いている。


「あれ…おかしいな。まだなにも食べてないのに胸が…」


「なんだろ雷蔵…俺…すっげえ胸がきゅんきゅんする…」


「ハチ…なんか僕も…」


「…」


「先輩方しっかりしてください。久々知先輩豆腐落ちてますけど」


「三之助えぇええ!助けろおおぉぉお!」


「なにを嫌がるんだ要?好きだろ私のことー」


「寝言は寝ておっしゃってください!迷惑です!」


「なーんだよー」


鉢屋先輩は僕の耳元に口を寄せるとぼそっと囁いた。


「で、どうするんだその子」


「はい!?」


「まさかほっとかないよな?ん?」


「…、手ぬぐいを」


反抗の意味で鉢屋先輩の忍服を握って、睨みつける。離せ鉢屋先輩コノヤロウ。


「手ぬぐいを大事に使います」


「?」


「その子が一番、きっとそれを喜んでくれますから」


「…」


とん、と鉢屋先輩が僕の背中を赤子をあやすように優しくたたいた。びっくりして目をまるくして見上げる。


「お前は本当に"他人ばかり"だな」


「…鉢屋先輩?」


ざわざわと動く喧騒のなか。鉢屋先輩の言葉の意味を考えようとしたら、柔らかく頬になにかが触れて思考が止まった。


「へ…」


「こらあんたたち!騒いでないではやく食べなさい!」


「おわっ!すみませんおばちゃん!」


「ハチ怒られたー」


「言っとくがお前が一番騒いでんからな三郎!」




ドキドキ、
(え?え?僕いまなにされた…!?)(どーした要?)(さ、三之助…僕もうお婿に行けないかもしれない…)(は?)





しょーもな!しょーもな!

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