懐かしくて楽しくて
「ご苦労…もういい」
「はい中在家先輩!」
「…あとで食べろ」
中在家先輩に頭を撫でられながら頂いたのは、袋にいくつか入った小さなお饅頭だった。
「えっ。いいんですか?」
「最近…よく頑張っているから…受け取れ」
「ありがとうございます!」
数はあるし、鉢屋先輩に見つからないうちにみんなで食べよう。
中在家先輩に頭を下げて、静かに図書室の扉を閉めた。片手に包みを持ったまま、みんなを探す。
「昼休みはまだあるし…部屋かなぁ」
「わあぁああぁ!?」
長屋を目指し歩くことにした僕の耳に、なにやら飛び込んできた悲鳴。振り返ってみると、誰かが綾部先輩の落とし穴に落ちてしまったようだ。
「ふぇえー…」
「大丈夫ですかー?」
覗いてみると、トイレットペーパーが見えた。伊作先輩かと思ったら、忍服の色が違う。
「ん?あなたは…」
「ほぁ?あ、えーと僕は新しく事務員になりましたぁ、小松田 秀作と言いますー。えへへ、初めましてー」
どこかタカ丸さんに雰囲気が似ているその人は、僕を見上げてふにゃりと笑った。
「昴…さん…?」
「ほぇ…?す?」
「あっ。い、いえ!すみません、あ、あの良かったら引き上げるのを手伝いましょうか?」
「本当?頼むよー」
話し方は似ていないけれど、笑い方が昴さんそっくりだ。帰ったのはだいぶ前だけど、昴さんどうしてるだろう…?
「はー…ありがとねぇ。助かったよ」
「いえ。トイレットペーパーぐちゃぐちゃになっちゃいましたね」
「えっ!?わぁあ!どうしよう!?」
「よろしければ、僕手伝いますよ。また取りに行きましょう?」
「…あぁ!きみかぁ!」
「え?」
突然小松田さんが手をたたいて、僕に顔を近づけた。
「一ノ瀬 要くん!きみ要くんでしょ!?」
「え…は、はぁ。そうですが…」
「やっぱり!吉野先生から話聞いてたんだぁ」
「は!?なんのですか!?」
「"この学園の三年生には要くんっていうお節介さんがいるから、頼るといい"って」
「お節介…」
いいか!?その単語結構傷つくんだぞ!?とかいう僕の心の声が小松田さんに聞こえるはずもなく、小松田さんは僕の手を取りにこにこと笑顔を浮かべている。
「よろしくね要くん!お手伝いもありがとね!」
「は、はぁ」
「おやまぁ要」
「うわっ!?」
「あれぇ?きみは、四年い組の…」
「綾部 喜八郎でーす」
ぴ、と右手を上げて名乗る綾部先輩。なんでもいいけど、いきなり背後に回るのはやめてほしい。
「私のターコちゃんに落ちてくれたの?要」
「僕じゃありません!小松田さんです」
「どーして最近落ちてくれないの?寂しい」
「ひぃ!?」
つつ、と背中を指でなぞられて、悲鳴を上げながら飛び退く。小松田さんの後ろに隠れると綾部先輩はなにやら不満げな表情。ふざけるのも大概にだな!
「おおお落ちません!僕なんか落ちなくなって、伊作先輩とか落ちてくれるじゃないですか!小松田さんも!」
「僕も!?」
「伊作先輩が落ちてくれても嬉しいけど。要が落ちてくれたらもっと嬉しいの」
「意味がわかりません!」
「えー?」
「あ、あの2人とも…僕を挟んで言い合いしないでもらえると…」
「綾部先輩のターコちゃんはえげつないです!なんであんなに土壁つるっつるなんですか!?登れないじゃないですか!」
「私が助けてあげてるんだから問題ないでしょー」
「それもわりと屈辱なんです!」
「…そーなんだ」
「なんで嬉しそうな顔してんですか!ああああ近付かないでください!こここ小松田さん助けて!」
「ええ!?あ、あの綾部くんとりあえず落ち着いて…」
「退いてください小松田さん」
「はい」
「なんで退くんですかぁあ!」
「だってぇえ!」
ジリジリと近付いてくる綾部先輩に、得体の知れないを感じて後退りさえ出来ない。綾部先輩はトンと僕の肩に手を置くとするりとそれを背中に滑らせた。
「あ、あああ綾部先輩落ち着いてくださああ」
「なにそれ」
くす、と笑う声が耳元で弾けて、僕の顔に熱が集まる。小松田さんなにしてる!助けて!
「綾部先輩っ…」
「あ、あった」
「え」
離れる綾部先輩。手には見覚えのある包み。
「要からいい匂いがすると思ったらこれかぁ」
「んー?なぁにそれ」
「お饅頭だと思いまーす」
「お、お饅頭です…けど…」
「お饅頭!?わぁ食べよ食べよ!お茶いれてあげるから!」
「…!」
僕が旅籠の手伝いをしていると、よく昴さんがそう言ってくれた。
「要さん!お茶が入りましたよ!」
何回も、何回も、故郷に帰りたくなったけれど。昴さんだって頑張っているのだからと、言い聞かせて。
「お饅頭、縁側で食べませんか?天気もいいですし」
「いいねー!じゃあ僕、お茶取ってくるね!」
「美味しいねこれ」
「あ!食べないで下さいよ綾部先輩!」
縁側で思い出が零れた。
(小松田くん!そんなところでなに休憩取っているんですか!)(ひゃああ!?すみませんー!)
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