後輩

鬼になってしまった侍は、自分がなぜ目の前の人間を殺しているのかわかりませんでした。

なぜ目の前の赤子と女が死んで、自分が涙を流しているのかわかりませんでした。


鬼は死ぬまで、心と家族を取り戻すことはありませんでした。


「久々知先輩、たしかに忍者には時に人を殺さなきゃいけないときが来ると思います。でも、すんなりと慣れで人を殺せる忍者なんか、居ませんよ」


「要…」


「それは、忍者ではなく、ただの鬼です」


「…もし、私が鬼になってしまったら、要は、どうする」


久々知先輩が真っ直ぐ僕を射抜く。僕は肩に置いた手をするりと滑らせて、久々知先輩の血だらけの手を握った。


「させません」


「!」


「だから、心は忍者学園に置いて行ってください」


「え…?」


「久々知先輩の心は、後輩(ぼく)たちが殺させはしません。だから、久々知先輩が鬼になることはありません」


久々知先輩の目が見開かれる。僕は照れくさくなって、誤魔化すように笑った。


「後輩(ぼく)たちはみんな、久々知先輩が大好きですよ!」


「…っ…」


ぽろぽろと涙がまた零れて、久々知先輩が笑ってくれることを期待していた僕は慌ててしまった。


「あ、す、すみません!あの、中在家先輩から読ませてもらった本の話をっ…あのっ…わっ」


視界が藍色に染まって、久々知先輩が僕を抱き寄せたのだと知る。


「久々知先輩…?」


「名前、呼んで」


「兵助先輩…?」


「うん」


「あの、出しゃばったこと言って…すみません」


「要」


「はい?」


「私も、後輩(おまえ)たちのことが好きだよ」


そう言って、久々知先輩は照れくさそうに笑いながら僕を離す。


「すごく、恥ずかしいな、これ」


「同感です」


「要、情けないところを見せてすまなかった」


「そんなことないです!」


睨むようにそう声を上げると、久々知先輩はまた苦笑して立ち上がった。


「勘ちゃんのところにいってくるよ。治療すると言っていた伊作先輩を振り切ってしまったし。…このことは、後輩には話さないでくれ」


「はい」


「あと、これ。私の部屋着だが…羽織って行け。汚してしまってごめんな」


「あ、いいえ!平気です!」


「有難う、要」


「え、あ、はい!」


くす、と笑った久々知先輩に、僕は安堵の息を漏らした。見つかりたくないのだろう、久々知先輩は僕が目を離した瞬間に、スッと消えてしまった。


「要ー!」


遠くで僕を呼ぶ声がして、僕はハッとこの長屋の周囲にいた理由を思い出す。


「あー忘れてた!」



※※※




「兵助」


「!三郎、雷蔵」


「ごめんね。盗み聞きするつもりは無かったんだけど」


「声をかけようとしたら、要が入ってくるもんだから」


三郎がそう苦笑したのをみて、そういえば三郎はよく要に手を出していたんだっけ、と思い出した。


「勘ちゃんの様子は…」


「もう大丈夫。あとは回復するだけだよ」


雷蔵の言葉に安心して、息を吐く。


「兵助の方も…もう大丈夫だな」


「…うん」


三郎の言葉にしっかりと、確かに頷く。雷蔵のほ、とした顔に心配かけてしまったなぁと申し訳なく思った。


「要も、しっかりしてるなぁ。僕泣きそうになっちゃったよ」


「あのお節介焼きのとこがまたいいんだよ。なー雷蔵」


「三郎うるさい」


「可愛いな、要って」


「「え」」


「うん、可愛い」


「め、めめめ珍しいこと言うじゃん兵助けけけ」


「三郎…」


「な、なんだよ雷蔵。でもさ、ほらあれだろ。伊助も三郎次も可愛いって言ってたもんな!」


「伊助も三郎次も可愛い後輩だ。でも要も可愛い。なにかあげたら喜ぶかな。豆腐好きかな…」


「へ、へ、兵助!?」


「三郎うるさい」




こんなオチですまない。
心は後輩が、覚悟や信頼を仲間に預けて。忍術学園はそういう場所だと私は思っている。

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