天然たらしとナルシスト

「…げっそり」


そう口に出して、三之助は僕の布団に潜った。いや待て。なぜ僕の布団に潜る。


「なにしてんの三之助」


「…」


「委員会は?」


「…逃げてきた」


「は!?じゃあまさか…うわー!?泥だらけじゃん三之助!僕の布団…!ち、ちょっとちょっとはやく出て…」


「要ー!!!」


布団をはいで泥だらけの三之助を引っ張り出そうとすると、このやろう腰にしがみついてきやがった。


「三之助…僕さっきお風呂入ったばっかり…」


「逃げてきてなんか部屋戻ったらさぁ!例のごとく左門は会計委員会で徹夜してていないし、作兵衛は何故かいないし、藤内見つけて引っ捕まえたらぶっ飛ばされるし…うああああ!」


「わ、わかった!わかった!なにかあったんだね!?聞いてあげるから!とにかく離れ…」


「わかった」


「なにその切り替え」


あーもう寝間着が泥だらけになっちゃったよ、と三之助の顔についた泥を拭って、布団を避難させる。


「あれ。そういえば孫兵は?」


「なんかちょっと具合悪いウサギがいるとかで、竹谷先輩と様子見に行ってるよ」


「竹谷先輩かぁ…いいよなぁ。孫兵は先輩が面倒くさくなくて」


「先輩が面倒くさい?」


「…三年の平滝夜叉丸って知ってるか?」


神妙な顔つきで三之助の口から出たのは綾部先輩と同じ三年生の名前だった。


「う…ん、ちょっと聞いたことある程度だけど。戦輪がすごく上手な先輩だよね?」


「その程度の認識か…」


がっくりと肩を落とした三之助に首をかしげる。どこか間違っていただろうか?


「いいか、悪いことは言わないから。滝夜叉丸には近づくなよ」


「三之助さん呼び捨て…」


「もう七松先輩はいけいけどんどーんだし、滝夜叉丸はぐだぐだべらべらーだし、新しく後輩で入った四郎兵衛はぽやーんとしてて…俺だけだよなマトモなの」


「わぁ無自覚方向音痴が寝言言ってるよ…。それより三之助。委員会逃げてきたって、駄目じゃないの?それ」


「嫌だぁ…いけいけどんどーんぐだぐだべらべらぽやーんには戻りたくないぃ…」


「誰がぐだぐだべらべらだ三之助!」


「!」


「?」


ピシャッと勢いよく開いた障子。そこに立っていたのは綺麗な顔をした三年生だった。立花先輩とは違う、なんというか華やかな顔つきに思わず目を奪われる。


「またいなくなったと思ったらこんなところに…!それになんだ?私がなーんだってー?」


「いやぁ、滝夜叉丸……先輩のことをこいつが知らないって言いますからぁ、ちょっと紹介を…」


「馬鹿者!それは私の役目だろうが!」


「いってー!」


一発脳天に受けた三之助がゴロンゴロンと床に転がる。ああ、やめてー…!布団もなのに畳まで汚れる…!


僕の心の悲鳴なんてお構いなしにゴロンゴロンする三之助から、滝夜叉丸先輩は僕に視線を移した。


「そうか、君は私のことがしりたいんだな?」


「え?あ、ええと…はい。教えていただけるなら…」


「あー馬鹿。要…」


ゴロンゴロンしながら三之助がぼそっと呟いたのが耳に届いて、え?と首をかしげた瞬間。滝夜叉丸先輩はどこから出したのか、その指で戦輪を回していた。


「では教えてやろう!私は三年い組、平滝夜叉丸!容姿端麗才色兼備!立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花!戦輪を使わせればその実力が忍術学園ナンバーワン!この学園の花形と言っても過言ではなーい!そして素晴らしいのはこの美しい見てくれと戦輪の腕だけでなく、この私の知識!優秀さ!つまり私は全くどこにも非の打ちどころが無く…」


「あああもう要の馬鹿…逃げてきた意味が無いじゃんか…!」


耳を押さえてうずくまる三之助を横目に、滝夜叉丸先輩の話をふんふんと聞いて、一息ついた滝夜叉丸先輩に僕は微笑んだ。


「そうですね」


「ん?」


「え?」


首をかしげる滝夜叉丸先輩に、顔を上げる三之助。


「本当に、滝夜叉丸先輩は綺麗な方だと思います。僕少しびっくりしてしまいました。三之助の話から聞いて、こんな綺麗な人だと思わなかったので」


「…おい、要?」


何故か顔を歪める三之助に、僕は微笑んだまま続ける。


「戦輪の腕の噂は聞いていました!良かったら今度見せていただけませんか?僕、なんというか手先が不器用で…そのくるくる回すのもできないんです。滝夜叉丸先輩は本当に素晴らしい戦輪の腕なんですね!」


「…っ、そうだろう!そうなのだ!なにせ私は完璧だから…」


「文武両道ですね!格好いいです。なにより手先が器用なのが羨ましいです。尊敬してしまいます!」


「あ、あう…」


にこにこと続ける僕になぜかたじろぐ滝夜叉丸先輩。その横ではなぜか三之助が白い目を僕に向けている。その三之助の口が小さくぼそっと動いた。


「出た…天然たらし…」


「あ、僕は二年い組の一ノ瀬要です。あの、勝手に滝夜叉丸先輩とお名前でお呼びしてしまって、すみません」


「あ、ああ、いや…」


「有難うございます。今度、いろいろご教授下さいね!」


滝夜叉丸先輩は知識も豊富で戦輪の腕も素晴らしい。その上、こんなに綺麗な人だなんて思わなかった。僕は、尊敬を込めてまた微笑んだ。


「僕、すごく楽しみにしていますから!」


「っ…三之助ぇえ!」


「は、はい!?」


「委員会に戻るぞ!委員長を待たせているんだから!」


「ええー」


「いいから!来い!」


滝夜叉丸先輩は無理やり三之助の首根っこを掴んで、ずるずると廊下に引きずって行く。あああ泥がー…もういいや…。


「…戦輪は、私が後日教えてやろう」


「いいんですか!?わぁ、有難うございます!」


「要…お前すげぇよ」



天然たらしとナルシスト
(お前絶対おかしいってー…!ズルズルズル)(頑張ってね、三之助ー。さてとりあえず掃除しなきゃ…)




綺麗なものは綺麗。可愛いものは可愛い。格好いいものは格好いい。素晴らしいものは素晴らしい。それを口に出しちゃうのは旅籠での接客業の影響でしょうね。たぶん。

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