けんえんのなか

「あ、要先輩!」


「ん?」


図書室で少し中在家の手伝いをして、余った昼休みをどう過ごそうかと考えて歩いていると可愛い後輩に名前を呼ばれた。


「久作に四郎兵衛。っときみはたしか…川西くん」


「左近で構いませんよ。それより要先輩!」


「は、はい!?」


急に声を荒げた川西…じゃなく左近に僕はびくりと肩をゆらす。


「あの後、一度は医務室に診せに来てくださいと僕は言いましたよね?」


あの後、左門と三之助が裏裏裏山で危険な目にあったときのことだ。最もなんとか僕と作兵衛で助けて、2人には命の別状は無かったのだが。


「や、でも、なんていうか。僕は安心して力が抜けただけだし」


「要先輩?他にも切り傷擦り傷刺し傷なんかが見えましたが?」


「!?いつっ…」


「服を着替えさせたのは僕と三反田先輩ですよ?その傷、処置した記憶が無いのですけど?」


「うー…わかってるよ…あのあと数馬にも散々言われたんだから…」


もうすんごい剣幕だった。
「伊作先輩にも僕にも見せてないよね!?」「どうして黙ってるの!?」「ばい菌が入ったらどうするの!」「そうだぞ要!」


いや途中からなぜか左門まで乱入してきて、「お前もだ擦り傷だらけで!」と作兵衛にドロップキックを喰らっていた。


そのあと左門三之助僕とで擦り傷なんかでも怖いのだから医務室に顔をみせるように、ふかーくグッサリと釘を刺された。


「要先輩大丈夫ですかー?」


「四郎兵衛もでしょ?いつも体育委員会で傷だらけだろ」


よしよしと両手で撫でてやると、四郎兵衛はくすぐったそうに笑う。可愛い。


「四郎兵衛は僕がみていますから、大丈夫ですよ!全く久作も要先輩の真似をしてすぐ我慢するし…」


「なっ…なに言ってんだよ馬鹿左近!」


「久作…」


じわあああ、と涙が浮かんで久作を抱きしめる。


「っ!?ななななっ…要せん、ぱっ…」


「久作は本当によい子だよねぇ。でも我慢はよくないなぁ」


「…要先輩に言われたくないですっ」


「ん、あー…」


久作を離す瞬間、留めようと思っていた言葉がするりと小さく零れ落ちた。


「僕のはもう、癖みたいなものだから」


「、え?」


離れたことで見えた久作の表情がポカンと呆けていて、それに苦笑をこぼして話題を変えた。


「そういえばもう1人見当たらないね。えーと池田三郎次くん」


「「あー」」


「え?なにその反応」


四郎兵衛と左近のまるで打ち合わせでもしていたんじゃなかろうか、な反応に僕はまた苦笑する。


「たぶん…富松作兵衛先輩のところだと思います…」


「え?作兵衛?」


「知らないんですか?三郎次と富松先輩、犬猿jrって一部の人の間で言われているんですよ」


「けんえんじゅにあ…?」


「はいはい知らないんですね」


「左近くん僕に冷たくない…?」


「初めは僕たちも止めていたんですけど…2人とも本気で喧嘩するので…」


「僕が危険と判断して離れてきたところです」


しゅんと俯く四郎兵衛に無意識に手をつなぐように手を握ってしまった。


「よしよし四郎兵衛を悲しませるなんて天罰を下さなきゃね」


「ふぇ…?」


「まさか要先輩!」


「駄目ですよ!ガキの喧嘩なんですから!」


「ずいぶんな言いようだな君たちは」


言葉の意味がわからなかったらしい四郎兵衛は首をかしげ、残りの2人は飛びつくように僕を止めた。僕はそれをクスクス笑ってあしらうと、四郎兵衛の手をひいて歩き出す。


「ああ!要先輩!」


「僕の言った意味わかってます!?ガキの喧嘩、つまり2人とも容赦なくボカスカやってるんですよ!?怪我したらどうするんですか!」


「それは作兵衛と三郎次くんもでしょ。いいよいいよ、怪我くらい」


「僕が駄目なんです!」


「四郎兵衛、2人はどこかな?」


「へ?あ、えと、あっちです…?」


「「こら四郎兵衛!」」


「えっ?えっ?えっ?」


「あっちね、了解」



※※※※



気に入らない気に入らない。
俺がなにかするたびに突っかかってきやがって!


ほんっとに、可愛くない後輩!


「いっ!髪引っ張んじゃねぇよ!」


「うるせぇばーか!そんな髪色してっからだろ!」


「お前だって緑色だろうがこのっ!」


「いっ…てえぇえ!」






「おやまぁ…」


ああいかん。綾部先輩みたいなこと言ってしまった。


本当にボカスカだった。作兵衛も三郎次くんも野生の動物のようにグルグルと威嚇しながら、取っ組み合いをしている。


「なにが原因なの…」


「作兵衛先輩が三郎次の投げて飛んでった手裏剣を拾ってくれたんですけど…そしたらいつの間にか…」


「んー…なるほど」


いや本当は意味わかんないけど頷いておく。四郎兵衛はなおもボカスカひっかき合い殴り合いをする2人をみながら、はらはらしている様子だ。


「ふー、作兵衛ったらストレスが溜まっているのかなぁ…」


「冷静に分析しているバヤイではないと思うんですが…」


「うーんそうだね。左近くん、2人も離れててね」


「要先輩…」


「危ないですよぅ…」


「大丈夫大丈夫」


とりあえず久作と四郎兵衛に安心させようと笑顔を浮かべてみせるが、左近くんは信じていないようである。訝しげな視線が刺さる…


「さーくーべ!」


「だいったい!手裏剣拾ってやって、んのに!なんなんだよその態度!」


「馬鹿にしたように笑っただろが!」


「はあ!?いつ!?いつ俺がしたよ!?馬鹿なんじゃねーの!?」


「なんだよ!やっぱり馬鹿にしてんじゃっ…!」


「…おーい」


「いってぇな!離せよ!馬鹿富松!」


「先輩をつけろ!礼儀がなってねーんだよ!」


「礼儀は尊敬する先輩に払うもんだろ!」


「こんの…!」


「…」


駄目だこいつら。
僕はため息をついてどうしたもんか腕を組む。


よし、ここは三之助の先輩にセリフを借りて…


「いけいけどんどーん」


「ぬぁ!?」


「うわっ!?」


飛び込んだ僕の左腕が作兵衛に、右腕が三郎次くんに綺麗にヒットした。



続きます。

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