鬼さんこちら、迷子の方へ
「…?なにこれ?」
裏裏裏山で2人の名前を呼んでいたが、2人は姿を現さない。その代わりだとでもいうように、僕はなにかが入った小袋のようなものを拾っていた。
「開けちゃ…駄目だよな。袋の口が縫い付けられてるし…曰くのあるものなのかも」
振るたびにリンリンと鳴る。中に入っているのは鈴じゃないだろうか?
拾ってしまったからには、なんとなく捨ててしまうのも気が引けた。形を崩さないように仕舞って、引き続き2人を探す。
おそらく七松先輩がかき分けて通ったであろう跡がついているので、道は通りやすい。もうすぐ夕日が山につく。作兵衛の方は見つかったんだろうか。
「…でもなぁ」
もし2人が奇跡的に裏裏裏山に辿り着けていたとしても、その山のなかで迷っている可能性か高い。
「だとしたら…うーん…どこを探せば…」
作兵衛っていつもどうやって2人見つけて来るんだろう。ぐるぐる考えながら、足をうろうろとさ迷わせていた。
「…あれ?」
七松先輩がかき分けた道にそれて、不自然に、明らかに誰かにかき分けられた道をみつけた。もしかしたら、三之助と左門かもしれない。
「左門ー!三之助ー!」
名前を呼びながら慎重に足を進めていく。高い草の茂みが続いているお陰で、かき分けた跡がわかりやすい。
「おーい!作兵衛も心配してるぞー!…ん?」
夕日も見えなくなってしまった山のなか。草の茂みの向こうに大きな木がみえた。
「栗の木だ…」
すごい。こんなに大きいのは初めてみたかもしれない。
栗の木に近づいてペタペタ触る。この木なら目印に最適だと考えた僕は、クナイで草を切り分けてのろしを上げる準備を整えた。
「よし、火種を…」
い…ぉ……ぃ
「?」
火をつけようとした最中、なんとも表現できない声が僕の背後から聞こえてきた。
「なに…?」
どぅ…ぁ…あ…
「…?」
栗の木の向こうから聞こえたような気がして、木に近づく。
ガラッ…
「!」
足元が崩れて初めて、溝が口を開けていることに気がついた。
「…危なかった」
だ…か……る…か…
「!左門の声!」
聞き間違えるわけがない。毎日僕の名前を呼びながら、孫兵に飛びつく左門の声を。
溝のふちに張り付くように耳を傾ける。
「だれかいるのかぁ!」
「あっ…左門!?」
「要!要か!?良かったっ…三之助が…っ目を覚まさないんだ…!」
「…!」
最悪の事態に息がとまった。なにかしらの理由、おそらく足を滑らせて2人はこの溝に落ちてしまった。
目を凝らすと、2人は溝の出っ張りに運良く落ちることが出来たようだった。とりあえず場所は大丈夫だ。
「左門!縄を下ろすから、それに三之助を縛り付けて!」
「引き上げるんだな!わかった!」
事前に作兵衛から渡されていた縄を取り出して下ろす。長さが足りないかもしれない。でも今2人を救えるものはこれしかない。
「いいぞ!」
「よし!」
渾身の力で引っ張り上げる。もう僕は二年生だ。これくらい出来る…はず。
「…っ」
縄を切らないよう慎重に慎重に。でも確実に確実に。
その刹那。もう少しというところで、神様というのはなにを考えているのか突風が僕らを煽り、縄を大きく揺らした。
「わああ!?危ない三之助!」
「!?」
三之助にくくりつけた縄が、緩んだ。みると左門が必死にしがみついて、それを繋いでいる。
しかし、その分の衝撃は僕の両腕に重くのしかかった。
「っ…うあぁ!」
ずる、と足を取られる。リリン。さっき拾った小袋の鈴が一瞬だけ激しく響いた。
「"作兵衛"っ…!」
無意識に、僕は作兵衛の名前を読んでいた。目尻に涙が浮かぶ。2人を助けられないかもしれない、なんて。決して考えてはいけないのに。
「…っ…腕がっ…」
「頑張れ要!」
「!」
「大丈夫だ!きっと作兵衛が来てくれる!」
だって作兵衛は
「だって作兵衛は、僕らがどこに居たって、必ずみつけてくれるんだ!」
リリン、リン
左門から、この小袋と同じ鈴の音がした。
「――俺はお前らの保護者じゃねーぞ!」
「!」
腕にぐい、と強い力が乗せられた。作兵衛。それは間違いなく作兵衛で、僕は溢れる涙をこらえようと名前を叫んだ。
「作兵衛!」
「ばか!のろし上げろって言ったろ!」
「あ…ごめん」
「左門!三之助を縄から離れさせるな!お前もしがみつけ!」
「わかった!」
「要、呼吸合わせるぞ」
「うん!」
「「せーの!」」
徐々に引き上げる縄。
慎重に慎重に、確実に確実に。
「左門!三之助!」
引き上げられたボロボロの左門と目を開けない三之助に、駆け寄る。
「出血はしてない…でも危険かもしれない」
「三之助…」
「こんのばかコンビ…。要、背負うぞ!忍術学園にいけば新野先生がいる!」
「わかった!」
頭を動かさないように。
僕たちは泣きじゃくりながらだったと思う。ただ三之助が死んでしまうのではないかって。
左門も三之助を支えながら、しっかりついてきた。道のりなんてよく覚えていない。ボロボロの僕らを、忍術学園は迎えてくれた。
涙でぐしゃぐしゃになった僕たちをみて、素早く状況を理解した事務員のおばちゃんが新野先生を呼んでくれたところで僕たちは崩れるように倒れた。
※※※
「…?」
「要!」
「要先輩!」
目を開けると、飛び込んできたのは心配そうな顔をした数馬と久作だった。
「数馬…久作…」
「目が覚めましたか」
首を反対側に向けると、新野先生がにっこりと微笑んだ。そうか、ここは医務室だ。ゆっくりと起き上がり、数馬と久作の方を向く。
「良かった!本当に良かった…!みんな無、事でぇ…」
そのまま、数馬はうわぁあんと泣き出してしまった。久作もきつく唇を結んで、涙をこらえているように見えた。
「有難う2人とも。心配かけてごめん」
「要っ…ばかぁ…!」
僕に抱きついて肩でわんわん泣き出す数馬に、新野先生が「ずっとみんなに付いていたので、緊張が解けたんでしょう」と微笑んだ。
「だから、っ、僕も行くって、言ったんですよっ…!」
「有難う久作、ごめんね」
「要!目が覚めたのか!」
開いていた障子から飛び込んできたのは左門と作兵衛だった。二人ともあちこちすりむいている。
「左門!」
「有難うな要!僕たちを助けてくれた上に、三之助のおとしものも拾ってくれて!」
「え?」
すると作兵衛がなにやら顔を真っ赤なしながら、ぼそぼそとつぶやいた。
「俺が、こいつらに作った御守り…」
「御守り?」
「鈴がたくさん入ってただろ?あれ、こいつらがどこにいるのか音でわかるように作ったんだ」
今回は役に立ったな、と作兵衛が笑った。
「三之助が目を覚ましたよ!」
「!」
数馬の言葉に、みんなが慌てて三之助の布団に駆け寄る。「うーん」と唸りながら、三之助がぽつりとつぶやいた。
「おなかすいた…」
みーんな捕まえた。
(…っこんの馬鹿之助えぇええぇ!)(作兵衛えぇ!怪我人!怪我人だからぁ!)(離せ要!こいつは一回殴らねえと駄目なんだ!)(おおおおちついて!)
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