ぎんぎんぎーん
四年ろ組の中在家先輩が呼んでいるってさ、と同級生に伝言を受けた僕は、何だろうと思いながら四年長屋へ歩いていた。中在家先輩の部屋はどこなんだろうとうろうろしていると、いきなり目の前の障子が開いた。
「要じゃないか」
「立花先輩、こんにちは」
「どうした、四年長屋になにか用か?」
「あ、中在家先輩の部屋を探しているんですが…」
「そうか。長次の部屋なら…」
人当たりの良い微笑を浮かべて、立花先輩が廊下の奥の障子を指差そうとすると、またまたいきなり僕の後ろで声がした。
「あ、お前は!」
「!?」
「なんだ文次郎、もう帰ってきたのか」
「厠だと言ったろう、そんなに掛かるかバカタレ!」
「ふん。でかい声を出すな。要が怯える」
「要か。お前、この間医務室で寝ていた一年生だな」
「え…?」
目の前で淡々とリズム良く繰り広げられる会話にぽかんとしていた僕に、視線が向けられた。立花先輩に文次郎と呼ばれていたその先輩。
目の下の隈と寄せられた眉のせいか、怖い先輩という印象を受ける。
「えっと…一昨日の晩ですか?」
「ああ、大事が無くて良かったな。大変だったんだぞ?」
「なんの話だ。なにかあったのか要?」
「え、え、あの、ちょっと池に落ちてしまいまして、それで…」
「バカタレエェ!」
「ひぇっ!?」
なぜ熱のことを先輩が知っているのかわからなくて、もごもご説明するとなんの前触れもなく怒鳴られた。
「池に落ちて熱を出したァ?忍者は時に池のなかで夜を明かさなければならんときもあるんだぞ!そんなことでどうする!?」
「っす、すみません…!」
「それにお前!顔色が良くない!日頃の体調管理を怠っているんじゃないのか!」
「、は、い」
ぶわぁっと涙が目尻に浮かぶ。この感覚、よく旅籠の手伝いをしていた頃に何度も何度も味わった。父さんに叱られる感覚。
「まぁ待て文次郎」
そんな声が耳元でして、立花先輩が僕の前にしゃがみ込んだ。びっくりしてぽろぽろと必死に留めていた涙がこぼれる。
「まだ要は入学したばかりな上にまだ体が発展途上なのだ。そう叱りつけるな」
「っ仙蔵…!甘いことを!」
「よし、要。男がそう可愛らしい顔で泣くものじゃない。文次郎に喰われるぞ?」
「バカタレ!喰うか!」
ケラケラと笑いながら忍服の袖で僕の目をぐりぐり拭う立花先輩。
「大丈夫。すぐこの鍛錬馬鹿を黙らせるくらいになれるさ。お前は頑張り屋だからな」
「立花先輩…」
「さて、長次の部屋だったな」
僕の手を引いて立花先輩は立ち上がり、ついでに振り向いて「汗くさいから水を浴びてこい」と先輩に嫌みをしっかり言う。
「なんだとこのっ…!」
「あの、先輩!」
「!」
立花先輩にすみません、と断って手を離すと先輩の元に駆け寄って、しっかり頭を下げる。
「ありがとうございます!先輩に言われたこと注意します」
「…」
昔、初めて父さんに叱られて泣いていた僕に母さんが諭してくれたこと。
"叱りつけるのも、きつく言うのも、あなたが大事だからなのよ要"
「…俺は四年い組、潮江文次郎だ」
"だから、あなたはその気持ちに答えるためにまず。頭を下げなくてはならないわ"
「はい!一年い組、一ノ瀬要です!」
ぎんぎんぎーん
(にやけるな文次郎気色悪い)(に、にやけてねぇ!)
*
長次のちょっとぎくしゃくする話書きたかったのに潮江め。好きだ。
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