けほけほ、こんこん
「ええ?本当かよ数馬」
桶の中のお湯をばしゃあと頭からかぶって、数馬は頷いた。
「なんか知らないけど、いろいろあって溜め池に落ちたらしいよ」
「いろいろってなんだよ…」
「…ジュンコを助けてくれたんだ」
「あ、孫兵。もうあがるの?」
「ああ、先にあがる」
孫兵は手ぬぐいを持ってサッサと大浴場を後にした。その背中を見送りながら数馬と首をひねる。
「なぁ数馬、いま孫兵なんて言ってた?」
「わはははいくぞー!せやぁ!」
バッシャーン!
「ううん、よく聞こえなかった」
「あっちー!やったな左門!おるらあああ!」
「お前たち先輩がいないからって…わあああ!?ばかっ僕を巻き込むなあああ!」
「あははは!藤内もやろう!」
「ほらほら藤内ぃ〜」
「「……」」
「うわあああやめっ「だああああ!うるせーよお前ら!いい加減にしやがれ!」
「(善法寺先輩がいるから心配はないと思うけど、要…大丈夫かなぁ)」
※※※
夢をみていた。
不思議な夢だった。
僕は制服を着ていて、母親に急かされながら学校へ向かう。友達にお早うって声をかけられる。携帯電話にメールが届く。前に言ったゲームを買ったから、対戦をしようという内容。
携帯電話?メール?友達?ゲーム?学校?
違うよ。違うんだ。
たしかにそれは一ノ瀬要だけど、僕じゃないんだ。
だって、僕は朝は孫兵とジュンコにお早うを言って。顔を洗いに行ったら左門や三之助や作兵衛と会って。食堂では数馬や藤内や先輩たちとご飯を食べて。
「戻っておいでよ」
友達が言った。
戻ってって…そっちへ?
「寂しいんでしょ。怖いんでしょ。知ってるよ」
寂しい?怖い?
なにを言ってるんだよ。僕は、僕は、
誰だかわからない。顔が違う、声も違う。なのに父と呼べという。母と呼べという。傷ついた人たちを見た。戦。人と人が刃物を振るい合う。歴史が動く。
でも僕から見ればそんなもの。ただ傷付くだけなのに。どうしてって。どうしてと尋ねてたら、そんなことを言ってはいけないと静かに諭された。
同じ日本なのに。違う。
同じ人間なのに。違う。
怖い。いつか僕も人を殺さなきゃならないの?あの人が――――僕を――――た―――ように。
※※※
「あはははは悪い悪い」
「…ッチ。油断してた俺が悪い。謝るな」
「はやく…診てもらった方が…いい」
「わかってるよ」
四年ろ組、七松小平太同じく中在家長次は鍛錬中、足をひねった四年い組潮江文次郎と共に医務室へ歩いていた。
「…新野先生いらっしゃるかな…」
「あ、そういえば。いつか出張とか言ってなかったっけ?今日だっけ?」
「あ?ああ、えーと」
「まぁいいや!細かいことは気にするな!」
「…あんまり細かくないと思う」
「あれ?」
長次の言葉を無視して、小平太は首をひねった。医務室の明かりが消えていたからだ。いつも新野先生がいて、少し明かりが漏れてるはずなのに。
「新野先生いらっしゃらないのかなぁ。新野先生ー」
「失礼しますくらい言えんのか!失礼します」
「…だれかいる」
「「!」」
暗闇に2人が目を凝らすと長次の視線の先に布団が一組敷いてあった。ほ、と息を漏らす。
「なんだ。ただの布団かー」
「こんな真夜中に誰が医務室で寝てやがるんだ?」
訝しげに3人が布団を覗き込む。2人は「?」と首をひねったが、長次は目を見開いて布団の中の人物の名前を呼んだ。
「…要?」
「なんだ長次!知り合いか?」
「うちの委員会の…新しく入った一年生だ…」
「一年生?そういえば、こいつと三之助が一緒にいるのを見たことあるかも」
「左門もだ」
「どうしたんだろう…」
心なしか心配そうな表情を浮かべる長次に、小平太を眉を下げる。
「なんか…苦しそうじゃないか?」
息がうまく出来てないみたいだ、と文次郎が呟いて素早くその言葉に反応した長次が要を抱き起こす。
「要…要…」
「…か、…っ…カっ…」
「声が出ないのか?」
「違う…息が絡まって咳が出来ないんだ…」
「ええっ!?どうしよう長次!?」
小平太が慌てだしたのを文次郎が「バカタレ!」と制する。ひゅ、ひゅ、と鳴る要の声。文次郎が立ち上がる。
「新野先生を探してくる」
「! 私もいくぞ!」
「…頼む」
障子を開けて2人が飛び出して行った。要に視線を移す。汗でくせっ毛の前髪が額に張り付いていた。それを退けると長次の手のひらに高すぎる熱が伝わる。
「…ヒュ…ッか…ぁ」
「要…」
こんなときなにをすればいいのかわからない。どうすれば要が楽になるのか。
苦しくなくなるのか。痛くなくなるのか。どうすれば。どうすれば。
「!」
ふと視界に竹筒が目に入った。要を布団におろし、竹筒を取る。たぷんという音。中に入っていたのは水だった。
「要…」
喉がカラカラに渇いているから息がうまくできないのかもしれない。要の上半身を起こして、竹筒を近づける。
「…っヒュ……ぅ…」
飲まない。否、飲めない?
竹筒が自分の口元にきているのも、私が抱き起こしているのも恐らく認識できていない。
「…」
要の上半身を起こしたまま、竹筒を煽った。口に含んだ水をそのまま要の口内に移す。
「…ぅ……っん…」
「…っ」
頼む。頼むから、飲んでくれ。拒まないで。飲み込んでくれ。
「…ん…っ…」
こくん
小さくこくんと要の喉が動いた。ゆっくりゆっくり、水を要の口内へ。
「……要…?」
「…や…だ…」
「…?」
少しかすれてはいるが、ちゃんと声が出ている。呼吸も出来ているようだ。だが、泣いている。酷く表情を歪めて。
「…いやだ…戻ったら……また…また…」
「要…」
「長次!一年生は大丈夫か!?」
「小平太……大丈夫。いま水を飲ませた…落ち着いてる…」
「要!」
「伊作…?」
泥だらけになりながら転がり込んできたのは伊作だった。手のボロボロの桶と手拭いをみて、理解した。
伊作は桶の水を代えに行ってまた落とし穴に落ちたのか。
「大丈夫!?ごめんね長次、いま薬を飲ませるから!」
「バタバタ走るな伊作!また転ぶ」
「わあああ!?」
「言わんこっちゃない…」
文次郎が伊作を助け起こすのを眺めていると、ひょこっと小平太が視界に入った。
「ほんとだ落ち着いてる!良かったな長次!」
「ああ…」
「そういえば、息もうまく出来てないって言ってたよな?どうやって水飲ませたんだ?」
「…」
「んぁ?長次?」
「…」
「長次ー?」
「…もそもそ」
「ほぁー?」
おだいじに。
(長次ー長次ー?)(もそもそ)(良かったー。だいぶ落ち着いたよ)(あぁ忘れてた伊作。足治療してくれ)
*
おまけ→
[ 10/56 ]
[←] [→]
[しおりを挟む]
→TOP
→MAINページへ