へっくしゅん

「ジュンコー!キミコー!」


「孫兵?」


途中で偶然一緒になった三ろ三人組と食堂に向けて歩いていると、同室の友達の声が僕の耳をかすめた。


「あ?どーした要?」


「孫兵が…」


「なんだ?」


「孫兵?」


眉をひそめて作兵衛と三之助が僕の指差す方向に視線を向けるが、孫兵は走り去ってしまった後だった。


「なんかあったのか孫兵?」


「たぶん生物委員会で飼育してる生物が逃げ出したんだ…ごめん!僕行ってくる!」


「えっ要!」


「売り切れちゃうぞー!」


引き止める作兵衛と左門の声を振り切って、孫兵の背中を追う。こっちに走って行ったはずだけど。


門を曲がろうとした瞬間、若草色が目の前に現れた。


「!」


止まることが出来ずにそれにぶつかる。相手も「うわっ!?」と声を上げて尻餅をついたようだった。


「あ、あの、すみません!怪我はありませんか!」


「あ、ああ…大丈夫」


頭をさすりながら僕を安心させるために笑ったその人に、僕は見覚えがあった。たしか、孫兵の生物委員会の…


「えーとたしか…竹谷八左ヱ門先輩!」


「おほー正解!そういうお前は、一ノ瀬要だな!三郎からよく話は聞いてる」


「鉢屋先輩から…?」


そういえば黄緑色の制服。鉢屋先輩と同じ三年生だ。しかし鉢屋先輩の名前を聞いて、なんとなく訝しげな表情になってしまう。


「あはは、そんなに固くなるなって。大丈夫、悪い噂を聞いているわけじゃないから」


からからと笑う竹谷先輩は、鉢屋先輩のにやーと笑うそれとは違って、いくらか好印象である。


「世話焼きの後輩で、雷蔵も助かってる様子だって」


「えっ…」


雷蔵先輩の名前が出て、かあっと頬が熱くなる。


「おほー。本当に顔に出やすいんだな、三郎が言ってたとーりだ」


「か、からかわないで下さい!それより、僕は孫兵の手伝いに来たんですが…なにか逃げ出したんですよね?」


「え?ほんと?助かった!今日はちょっと不運が重なっちゃって、わやわやとたくさん逃げ出してな。人手が足んなくて困ってたんだ」


はいコレ、と虫編み虫カゴ一式を渡された。受け取りながら孫兵はどこにいるのか尋ねると、竹谷先輩は困ったように笑う。


「いなくなったってわかった途端、走り出しちゃってなー。虫カゴも持たずに」


「あー…孫兵らしいです」


「でも、生物が好きなんだな。見てればわかる。いいやつだよ、孫兵は」


「竹谷先輩…!」


「えっ。うわっ!?なんで泣くんだ!?」


「ちょっと感動して…」


そうそう、そうなんだよ!たまに部屋で虫ぶちまけたり、ジュンコが僕の布団に忍び込んだり、虫野郎とか言われてるけど、ただ孫兵は自分の好きなことを我慢してないだけなんだよ!


この前なんか怪我した僕を介抱してくれたり、優しいやつなんだよ孫兵は!


袖で乱暴に目尻を拭う。僕をキョトンと見つめて、弾かれたように竹谷先輩が笑い出した。


「な、なんか知らないけどっ…三郎と雷蔵の言うとおり面白いやつだなー!」


「うわあ!?な、なんですか竹谷先輩!」


「よしよしよしよーし。良い子だな要!これからも孫兵と仲良くしろよ!」


「あーもう、僕くせっ毛なんですよ?余計ぐしゃぐしゃに……あれ?ジュンコ?」


「え?」


ふと視線を向けた木の上に、ジュンコを発見した。木の枝に体を巻き付かせて、しゅるりしゅるりと動きながら僕らを見下ろしている。


「ジュンコー!そんなとこにいたの。下りといでー」


「あ、危ないぞ要!」


「え?ああ、大丈夫ですよ。なんていうか…慣れましたので」


毒蛇が布団に侵入していたにも関わらずグースカ寝てた僕だ。はは。


「ジュンコー孫兵も心配してるよー」


声をかけるとジュンコは僕を一ノ瀬要だと認識したらしく、しゅるりと体をくねらせて枝から勢いよくこちらに飛び込もうとした。


「!?危ない!」


「え」


僕からすれば、ジュンコが僕に飛びかかってくるのはいつものことなんだけど、竹谷先輩からみればジュンコが僕に襲いかかっているようにしか見えないわけで。


三年生ながら体格のいい竹谷先輩に突き飛ばされ、一年生である僕が耐えられるわけもなく。


「わあああっ!?」


ぽーんと吹っ飛んだ僕を受け止めたのは、


バッシャーン!


忍術学園の溜め池だった。


「しまった!だ、大丈夫か要!」


いやしまったじゃねーよ竹谷先輩コノヤロウ!こんな体当たりみたい思いっきり吹っ飛ばすことないじゃないか!と怒鳴れるわけもなく。


「はは…大丈夫です…それよりジュンコをひぷべしっ!」


「え?」


「あれ?なんか鼻に…ひぷべしっ!」


「…要…ひぷべしって…くしゃみかそれ…?」


「いや…あの…ふぁ、ひぷべしっ!」


「え…待て、待て待て!ひぷべしって!ひぷべしって!可愛いなおい!」


「たけやひぷべしっ!」


「なんだよ竹谷ひぷべしってー!」


大爆笑の竹谷先輩に、くしゃみが止まらない僕。このエンドレスなやりとりに釘を刺したのは、孫兵だった。


「なにしてるんですか!」



※※※



「うーん…風邪だね」


「うう…風邪ですか…」


こつんとおでこをくっつけられたまま、保健委員会である善法寺伊作先輩は苦笑した。


「えーっと、たしか一ノ瀬要だね。新野先生は今いらっしゃらないんだけど、風邪の薬なら先輩から預かっているから、今日は医務室で寝てね。同室の子にうつるといけない」


「はい…あの…」


「ん?なんだい?」


ちら、と視線をその人にやって僕は思いっきり顔をしかめる。


「なんで鉢屋先輩がいるんでしょうか…」


「ははは、溜め池で遊ぶにはまだ寒いんじゃないか?要?」


「ちーがーいーまーすー!」


「ごめんな要…いくらとっさだとはいえ…」


にやにやと笑う鉢屋先輩の横でしゅんとしてしまった竹谷先輩に、僕は慌てて頭を振る。


「ち、違いますよ!あれは事故だったんですから!」


「でも…」


「僕が日頃から体調管理ができていなかったせいで風邪にやられたんです。だから気にしないで下さい」


「要…」


「優しいなぁ!要は!」


「げふっ…」


「こら鉢屋!要は病人だよ!離しなさい!」


「すみませーん。あっ!こらばか要!私の忍服で鼻をかもうとするな!」


「ああもう三郎!やめろよ!これ以上悪化したらどうするんだ!」


竹谷先輩の一言で渋々と僕を離す鉢屋先輩。僕はホッとして伊作先輩が敷いてくれた布団に横になる。


「ありがとうございます」


「いやいや、せっかくなんだからしっかり休養を取ること。わかった?」


「はい」


「さて、じゃあ君たちも戻りなさい。もう風呂の時間が終わってしまうよ?」


「あ、やっべ!」


「じゃあ行くか。おやすみ要」


鉢屋先輩に嫌に優しく頭を撫でられて、僕は目を丸くしながらもコクコクと頷いた。


「僕は一晩ここにいるから。頼りないかもしれないけど、先輩は野外実習でね…今日は戻られないんだ」


「いえ!すみません。ご迷惑をおかけして…」


「大丈夫。薬の調合をしたかったから。気にしなくていいよ」


ふわりと微笑む伊作先輩。あれ?なにこの人天使?ナイチンゲール?


「もし苦しくなったら呼んでね。薬を出すから。さ、おやすみ」


「おやすみなさい」


伊作先輩は衝立の向こうに、なにやらいろんな道具を持ち込んで引っ込んでしまった。衝立の向こうでは、一本だけ蝋燭がゆらゆらと揺れている。


その影を眺めていると、まるで催眠術にでも掛かったように瞼が重くなる。日頃の実技での疲れも手伝って、僕はすーっと眠りに落ちてしまった。




続きます。

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