馬鹿者、迷うくらいなら僕に貸せ。
2013/05/19 10:20
夜深く黒が支配する時間に、僕は1人闇を駆けていた。
黒い忍び服は深い赤で濡れているが、どうせべたつく感触もこの鼻につく臭いもそのうち慣れるだろう。ああ、重いなぁ。ぼーっとする頭を必死に払い、追っ手を確認する。
大丈夫。撒けたはずだ。
「(ああ、)」
考えるな。
「(僕が殺したあの人には)」
考えるな。
「(きっと家族がいただろうに)」
殺せ。
押し殺せ。
どうして。
「(僕は救うためにこの仕事を受けたのに。)」
でもたしかにこれであの村は救われる。なにも考えるな。小さな子供たちだってたくさんいた。きっと僕が殺した命は、あの子たちに繋がれる。
「(はぁ?)」
なんて勝手な。
重い。苦しい。わかっていたのに。わかっていたはずなのに。それでも僕は忍びになると決めたはずなのに。
僕は強くなって、脆くなって、弱くなった。
「(ああ)」
わかっていたはずだったんだ。僕らがもう一緒に手を繋ぐことはないと。この先は、大人になった今は、転んだら、1人で立ち上がらなければならないことを。
「(僕は寂しいのか)」
だって、そりゃ、ずっと、ずっと、一緒だったから。
僕らはずっと一緒だと思っていたから。
「さむ……」
足を止めて葉の多い黒い木々の隙間に、するりと身を隠す。少しだけ休もう。ぱらぱらと漏れる星明かりは頼りなくて、瞼を下ろせばそこには忍びの黒がある。
「(夜の闇が怖いと思うなんて)」
忍者に寄り添う時間だろうに。
「(ああ、違うな)」
独りの夜が、怖いんだ。
もし僕がここで追っ手に殺されて埋められたりでもしたら、その時点で"僕"は消滅して、きっとみんなの記憶から日に日に砂時計のようにさらさらと消えてなくなってしまう。
「(やだなぁ、こんなこと考えるなんて)」
一人ぼっちは怖くない。
「(陰気臭いなぁ、僕)」
一人ぼっちは怖くない。
「(…)」
一人ぼっちは、怖くない。
「みんな、元気かなぁ」
とんと背中を木の幹に預け、口元の頭巾をおろして息を吐いた。しばらく、会ってないもんなぁ。
会えないと、どんどん距離が離れていく気がして、でもきっとこんなに寂しいのは僕だけだとそれを静かに飲み込む。
もう子供じゃないんだからって。
「(帰ろう)」
僕の家へ。
1人ぼっちの僕を迎える、1人ぼっちの家に。
「……」
前、までは。みんなで集まることも出来たんだ。でも。時代はどんどん僕たちを引き裂いていく。
戦が増えて、泣く人が増えて、悲鳴が増えて、人間の欲が増えて、殺さなくていけないのが増えて、逃げなくていけないのが増えて、みんなと笑い合える回数が減った。
会いたい。
「(だめだ)」
会いたいよ。
「(会ったら、きっと)」
僕はその瞬間に、ぼろぼろ崩れてまた、もっと、弱くなる。忍の味方は己だけ。自分だけしか信じない。
「(信じない、って……)」
みんなのことも?
そんな、のって。
「あーもうやめやめ!考えるのやめよう……どんどん陰気くさくなる」
頭を振って考えを払い、町外れの我が家の前にすとんと着地する。普段はここで別の仕事をしているのだ。口元の頭巾をおろし、ため息をついて戸に手をかけ、
「ぱんぱかぱああああん!!!」
た?
「……え?」
「誕生日おっめでとー!!!!」
「どこ向いてんだよ左門。要はこっち!会いたかったぜー!要えええ!!!!」
「ぎゃあああっ私は要じゃない!!!」
「いだっ!?藤内さんグーはないでしょグーは!?」
「あ!?おいてめーら!要きたら合図しろっつったろーが!明かり消してねぇし!」
「あーせっかくのサプライズだったのにねぇ」
「……というか要、お前まさかとは思うが明かりついてることに気がついてなかったな?」
「ま、ごへ……?」
戸を開けた瞬間にタイムスリップでもしてしまったのか。僕は自分でもわかるくらい間抜けに、ぽかんと口を開けて呆ける。
「要」
「あうっ」
ぴんっ、と孫兵の指が僕の額を弾いて、じくじくと広がる痛みに僕は目の前の光景が夢でないことを確信した。
「みんな……なんで?」
「なんでって」
眉をさげた数馬が僕の額をよしよしとさすってくれながら、仕方なさげにため息をつく。
「今日は要の誕生日でしょ?」
「え……そう、だっけ?」
「やっぱり忘れてたか」
「いたい!藤内まで孫兵の真似しないでよ!」
「要ーっ!」
ぎゅうっと腰にまとわりつく左門を、僕は戸惑いながらも受け止める。
「でもみんな、大変な時期なんじゃ……あちこちで戦してて……」
「あー」
囲炉裏の前で鍋をかき混ぜていた作兵衛が、少しだけバツの悪そうな顔をして頬をかく。
「いやーさ、こんなこと言ったら忍者失格だってボコボコにされるかもしんないんだけど」
「潮江先輩から鉄槌が下るな!」
「何事にも休息は必要だろ」
「そうそう、孫兵の言うとおり。きちんと休みは取らなきゃいけないんだよ。要」
ぺちんと額をかるく叩かれ、数馬は微笑みながら作兵衛に手伝うよーと声をかけた。
「ほら左門、もう離れろ。三之助も、ご飯にするぞ!」
「はーい!」
「えー俺まだ要に触ってない……」
「またグーで殴られたいようだな?」
「いざ参らん夕食!!」
わらわらと囲炉裏の周りに腰掛けるみんなに、気が緩んで笑いが漏れる。
「要」
「?なに?」
「……やらなきゃいけないときもあるだろうし、無理をするなとは言わないけど。独りにはなるな」
「………うー」
「あ?おい」
うずくまってしまった僕に、孫兵の戸惑った声が降ってくる。
「なにしてるんだ」
「あはは、孫兵は、いつも僕の欲しいものをくれるなぁって」
「はぁ?気味の悪いことを言うな」
「……僕、1人じゃないよね」
はぁ、とあきれたようなため息がまた僕へ降ってくる。
「あのな、これだけ騒がしくてどうやったら1人に見えるんだ」
暖かい。
ぽかぽかして、安心する。
「……ふふ、だよねぇ」
「とりあえず着替えろ。飯にする」
「おーい!できたぞ!」
「今いく!」
どうして忘れていたのか、僕の場所はここにある。それはずっとずっと変わらなくて、僕を僕たらしめてくれる場所で。
きっともう1人で戦っても、大丈夫。手を繋がなくても、ずっと想ってる。想えたら、繋がれるから。
※※※
1人暮らしがちで寂しいです。
BGM「バイバイサンキュー/BUMP OF CHICKEN」
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