淫乱猫を撫でるには。


「おかえり。」

返事は無い。外の雨の音がうるさい。
匙沼君は無言を通したまま、濡れた髪で僕の首筋に顔を埋めた。
服越しに、雨水が伝わる。ふー、と静かで確かな呼吸音が耳を擽る。

彼の髪からは甘いような、饐えたような臭いがした。
雨の臭いは彼の髪に、服に、染みついてしまっているようだった。
静かな呼吸音が、鼓膜を揺する。

「帰って、来た。」

「ん、」

熱量を持った匙沼君の声が吐息に交じって僕の耳を刺激した。
いつもと明らかに違う。それは、聴いたことの無い、絡みつくような甘さを孕んだ声。
匙沼君なのに匙沼君じゃない。僕の声は曖昧な吐息に溶ける。

「会いたかった、から、きた、けど」
匙沼君の唇が耳に触れていた。言葉と同時に熱っぽい感触が僕の耳を柔らかく蹂躙する。
背中が粟立つ。居心地の良い背徳感に溺れそうになる。
もっと触れてほしい。彼の体温をもっと感じたい。

彼の言葉の意を理解できないまま、瞬間に膨れ上がる愛おしさに押されて、
従順に体を預ける匙沼君の背へと手を伸ばす。





prev next



- ナノ -