淫乱猫を撫でるには。


雨に濡れた彼はやけに官能的に見えた。

髪から顔から服から、なにからなにまで余すとこなく濡れている。
頬に張り付いた黒髪から際限なく滴り落ちる雨粒が、
彼の色素の薄い唇や、細い首筋や、浮き出た鎖骨をぬらり、と濡らしている。
その様は、たまらなく色っぽい。

ただ、耳を覆うヘッドフォンだけが、少し滑稽で、場違いで、いつもの匙沼君だった。

僕の足元に向けられていた長い睫毛から雨粒が落ちる。
ゆっくりと持ち上がった表情の無い顔が僕を見据えて、
彼の瞳の中に身じろぎ一つできないでいる僕が映った。

呼吸すらまともにできない。
ほんのちょっとの音や変化が、この、張り詰めた空気ごと匙沼君を壊してしまいそうだった。
匙沼君に触れたい思いで心臓は痛いほどだというのに、彼の纏う脆さがそれを許さない。

ふいに、匙沼君の体がぐらついた。
充電が切れてしまったように、華奢な体躯が支えを失って不安定に揺れる。
咄嗟に、受けとめようと腕を伸ばした矢先、肩に柔らかい感触を感じた。

向き合う形で匙沼君は僕に体を預けている。と、瞬間、張り詰めた空気が弛緩した。

どうやら、衰弱した野良猫は居場所を見つけて安堵したようだった。





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