我に返ると、僕と木瀬の距離は1m程になっていた。
摸のような感覚も、プリズムのような錯覚も全て消え去っている。
そして僕は今、街灯の下のベンチで木瀬と相対している。
やはり、さっきの人影は木瀬だったのだ。とぼんやり思う。
「隣、すわりなよ」
茫然とする僕の耳に木瀬の声が届く。特になんの感情も窺えない声。
それが何かの相図だったかのように、遊歩道の分岐点からここまで歩いてきた感覚が
足から、耳、また目に、後付けのように、あるいは取り戻すようにやってきた。
映画の内容を思い出したような、それ。
「こんな時間にこんなとこで会っちゃうなんて不思議。」
「ん?ああ」
「なに、幽霊でも見たような顔しないでよ。」
僕の気の抜けた返事に、木瀬の眉が訝しげに歪む。
なんて精巧にできた木瀬なんだ、否、本物の木瀬だ。
特に考えも無くふらりと、散歩した先で同級生に会うなんて、
すごい偶然で、すごく、不気味だ。
と、不気味な事と言えば、さきほどから木瀬がペチペチと、
自分の座るベンチの隣に空くスペースをしきりに叩いている。
宇宙人とでも交信しているのだろうか。
「木瀬さん電波受信中」
「は?座んないの?」
ああ、なるほど。
近すぎないように、と欲を最大限に押しとどめて僕は隣に腰を下ろす。
ふん、と木瀬が鼻を鳴らす。おそらくが、よろしい、という意が込められた鼻息。
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