人影はベンチに膝を抱えるようにして腰をおろしている。
柔い光の所為でかろうじて判断できるのは、それが女性だということぐらいだ。
殆どが影に埋もれる華奢な体躯と、見覚えのあるような、光を金色に受け返す長髪。
あれは、もしや。
「木瀬...?」
思考と声が重なった。特に意識せず出た声は、間抜けに夜の公園に響く。
人影が身じろぎをした、ように見えた。
しかし、これといった反応は窺えない。
音の無い数秒。それから数分。
人間違いだろうか。僕のはとうとう幻覚を見るまでに重症なのか。
顔が痛いくらい熱くなる。人間違い、だろうか。
人影に人間違いをしたことを謝るべきか一瞬だけ逡巡する。
いや、どうせ相手には聞こえてないだろう、聞こえてないでくれ。という結論に至る。
そして、ようやく僕の足が遊歩道の上、右に逸れようとした瞬間。
「山本...君?」
確かにそう聞こえた。
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