矮小な心臓がどきり、と痛みを伴って速く動き始めた。
震える手で、肩に背負ったスクールバックを漁る。
手に触れるひやりとした文庫本の表紙の感触に、少しなりとも落ち着きを取り戻す。
適当に開いたページでは、鉄工所主が盗難車の中で暴れていた。
話の中身など何も頭に入ってこないが、ただページを繰る。
自暴自棄になった中小企業の社長の気持ちなどわかるものか。
そして、文庫本でできるだけ顔を覆うようにして、
耳障りな声で談笑する彼らと、並ぶ位置へ歩いた。
僕より何十倍も強い存在感が僕の右半身を掠めていく。
そして、刺すような視線が僕の背中をまさぐる
かと思ったのだが、不思議な事に一切の視線も感じない。
ん?
これじゃあまるで、いつもと同じじゃ無いか。
通り過ぎていく乗用車でさえ笑いの対象になる彼らが僕を見ない。
何故だ、と首を傾げて。少しして、僕はなんとか頷くことに成功する。
僕なんて平凡よりも平凡な人間に彼らの興味は、揺さぶられないのだろうな。
ああ、きっとそうだ。
少しの違和感は、昨日の奇跡に比べれば大したものでは無かった。
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