面倒な階段であれど、保健室から教室の距離なんてたかが知れていて、
次の話題、と脳を最大限に回転させているうちに辿りついてしまった。
勿論、話題など一つも提供できていない。
灰色の階段の段差から視線を上げると、
教室の入り口のすぐ手前に、木瀬が待ち構えていた。
不機嫌そうには見えないが、さして楽しそうにも見えない。曖昧な表情のままであるが、
僕達の姿を見留めた瞬間には、少しだけ安堵の色が滲んだ、気がした。
木瀬の淡い栗色の髪がふわりと揺らぐ。
先程まで一緒に行動していた、ミオやサキやちいの姿はどこへやら。
仲の良い女子グループの中に消えたようだ。
「木瀬。ありがとうな。」
取り敢えず、声を掛ける。
「授業に間に合ってよかったよ。和笠ちゃんは結構、力あるから
死んでもおかしくないなんて思っちゃったもん。」
「確かに和笠は侮れないな。とはいえ、僕を勝手に殺すなって。」
「山本君はあばずれだからなー。」
そう言い残し、教室に戻っていく木瀬を追って、僕も隣に歩を進めた。
木瀬相手なら、僕の敬語も自然と消える。
全人類で僕がナチュラルに会話することができるのは、
家族を除けば、木瀬だけなのかもしれない。
なんて、今更思いながら。
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