花束を抱えて向かう教室。5/6



階段を上りながらも器用に振り返ったミオが、人差し指を左右に振って言った。

「そういえば、山野君はうちらじゃなくて、
 リンちゃんに感謝するべきなんだよ。これ絶対。」

一瞬、周囲に山野君を探してみたが、、
ミオの瞳がしっかりと僕を捉えていることに気付いた。

僕の影の薄い概念は、もしや名前にまで浸食しているのだろうか。

「木瀬が保健室に運んでくれたんですか?」

山の次の文字が気になって僕は会話にも気が気ではない。

「あれ、リンちゃんのことは知ってるんだ?
 そうだよ。真っ先に気付いたの、リンちゃんだし。」

そう言ってからミオは少しバツの悪そうな顔をした。

足元をそよぐ風に、いちいち気を留める人なんて居ない。
僕が倒れた、なんてその程度のことなのだからミオが気付かないのは当然で、
木瀬が最初に気づくのは必然のことだ。

1000倍に希釈された存在感とは、つまりそういうこと。


しかし、誰もが感知できない1000分の1の存在感。それでも一人だけ例外はいる。
僕の気配をちゃんと察知できる、女の子。本当に一人だけ。

唯一無二の存在。

それが、ミオの口にした 木瀬リン である。
木瀬は僕の幼馴染であり、響きが似ている事から、きゃさりんの愛称で親しまれている。

きせりん、きさりん、きゃさりん。

何故、木瀬だけが僕を感知できるのかはわからない。
唯一の幼馴染だということが関係しているのかもしれない。

木瀬は、いつだって僕にことごとく世話を焼いてくれる。
そして、僕と同じ2-1の生徒だ。

僕は木瀬に借りを作ってばかりいる。




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