階段を上りながらも器用に振り返ったミオが、人差し指を左右に振って言った。
「そういえば、山野君はうちらじゃなくて、
リンちゃんに感謝するべきなんだよ。これ絶対。」
一瞬、周囲に山野君を探してみたが、、
ミオの瞳がしっかりと僕を捉えていることに気付いた。
僕の影の薄い概念は、もしや名前にまで浸食しているのだろうか。
「木瀬が保健室に運んでくれたんですか?」
山の次の文字が気になって僕は会話にも気が気ではない。
「あれ、リンちゃんのことは知ってるんだ?
そうだよ。真っ先に気付いたの、リンちゃんだし。」
そう言ってからミオは少しバツの悪そうな顔をした。
足元をそよぐ風に、いちいち気を留める人なんて居ない。
僕が倒れた、なんてその程度のことなのだからミオが気付かないのは当然で、
木瀬が最初に気づくのは必然のことだ。
1000倍に希釈された存在感とは、つまりそういうこと。
しかし、誰もが感知できない1000分の1の存在感。それでも一人だけ例外はいる。
僕の気配をちゃんと察知できる、女の子。本当に一人だけ。
唯一無二の存在。
それが、ミオの口にした 木瀬リン である。
木瀬は僕の幼馴染であり、響きが似ている事から、きゃさりんの愛称で親しまれている。
きせりん、きさりん、きゃさりん。
何故、木瀬だけが僕を感知できるのかはわからない。
唯一の幼馴染だということが関係しているのかもしれない。
木瀬は、いつだって僕にことごとく世話を焼いてくれる。
そして、僕と同じ2-1の生徒だ。
僕は木瀬に借りを作ってばかりいる。
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