花束を抱えて向かう教室。2/6



因みに僕の中では、時間一杯まで教室に戻らず、
彼女達と話していたいという欲が芽生え根を張りはじめている。

背中が痛いとか言えば、まだ話していられるのだろうか。

そんなこと言う度胸なんてどこにもないくせに、考えずにはいられない。


「ほら。」

どこまでも不機嫌そうな響きのサキの声が聞こえた。

縮みあがる僕の小さい心を、全身全霊で制してから僕は少し顔上げる。
僕に向いた、いかにも柔らかそうな掌が視界に入った。

「ん?」

なにが「ほら」なのかさっぱりであるが、その掌は紛れもなくサキのものである。
片腕を差し出したまま僕を睨みつけている。
その口元は真一文字に弾き結ばれ、不服をたたえているのだけど。

「なに、山崎君はまだ寝てるつもりなの?早く立って。
 授業始まるし、私達いい加減戻りたいんだけど。」

山崎君ではないが、そんなことより。

...ということはだ。

口調こそ怒っているようではあるものの、僕はこの手に触れていいのだろうか。
否。疑う余地は無い。当然そういうことだ。

サキのすらりとした、掌から腕。
ちょっと前まで、僕を乱雑に睡魔から引き摺りだす、恐怖の対象だったのに、
今はまるで違う物に見える。

「ほら、早く捕まって立てばいいじゃん」

目の前の手がひらりと前後に揺れた。

白くてしなやかな女の子の腕が、僕を待っている。

「すいません。」

遠慮がちに彼女の掌を握った。

握った途端にぐい、と強い力で引かれ、
僕はよろけながらもどうにか立ちあがる。


一瞬でも、右手に残った柔らかな女の子の感触に、少なからず興奮を覚える僕が居る。
消えてしまわないように、右手をこっそりぎゅっと握った。

それは、なんだか不純なことのように思えて、
僕はまた少し、消えたくなった。




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