運、命だ。僕の前にまた神様がやってきた。
ごっといずあらいぶ、いえっと。
いえす。
「違うよー、咲ちゃん。山谷じゃなくて本、だよ。
本が大好きだから、山本君だよ。愛読書は黒い太陽だよ。」
のんきな木瀬の声。
ねー、と同意を求めるように僕に笑顔を向ける。
僕は、「う」と至極曖昧な、唸り声で肯定する。
確かに黒い太陽は僕の愛読書である、けれども。それよりも。
「よく、わかんないんだけど。ぎゃ、逆ハーレムというか。
深夜の密会というか、エロティカルさもありなん、というか...」
「えろてぃっく?あたしはクリティカル並みに山本君が好きだよ!」
「はいはい。ありがと。」
揺れるように不安に響く和笠さんの声は、木瀬のハイテンションな声に掻き消される。
と、冷静に言ってみても、心臓は波を打っている。強く強く。
だって、和笠さんは僕を視界にとらえている。奇跡がまた。きたのだ。
肺胞から毛細血管から全てが破裂してしまいそうなほど、胸がおどr
「ゆー、えふ、おー」
僕の舞いあがる心を冷えた公園の地面に叩きつけたのは、低い声。匙沼の声だった。
先程から黙りこくって音楽に没頭していたかと思えば、
いつの間にか、首はきっかり45度に傾き空を見上げている。
匙沼の声に、木瀬と和笠さんが黙る。
そこになにか大事なものが隠されているみたいに。
僕を合わせ3人の視線が匙沼に集中する。
「ゆー、ファアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
身体が揺れた。壊れてしまったように、匙沼が叫び出したのだ。
コウモリさえ逃げ出すような、悲痛な音、禍々しい音、
あまつさえ拷問道具さえ想起させるような、不吉な。
彼の病的に細い指が、混沌とした空気を、なぞるように空に向けられる。
和笠さんが迷惑そうに顔をしかめ、刃渡り30センチ的な目で匙沼を指し殺そうとしている。
「ねぇ、わかさーきちゃん、山本君。クリティカルでセンセーショナルで
ノイズノイズキッス的だよ...」
小さな小さな声で木瀬が、呟く。
「どういう、こと?」
和笠さんはもう叫び散らす匙沼を目で刺殺しようと試みるのに精いっぱいで、木瀬の話など聴いていない。僕は和笠さんの代わりに木瀬に聴き返す。
「ゆーふぉー、だよね。匙君。」
木瀬の声がなにかの相図だったように。ぴた、と声が止まった。
クルミ割人形のように、かこん、と機械的に、匙沼の叫ぶ為に開かれた口が閉まる。
ししおどしが倒れるように、かくん、と首が落ちるような、頷き方をする。
「だからね、山本君。あれは、ゆーふぉー、だよ。」
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